ガソリン車禁止の真実(ファクト編):池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/6 ページ)
年末の慌ただしい時期に、自動車業界を震撼(しんかん)させたのがこのガソリン車禁止のニュースだった。10月26日の菅義偉首相の所信表明演説と、12月11日の小泉進次郎環境大臣会見が基本になるだろう。カンタンにするために、所信表明演説を超訳する。
電源構成を置き去りにした議論に意味はない
おそらく、「EV以外全面禁止」論者は、それこそが本当に日本の競争力に資すると考えているのだと思う。万が一日本の競争力弱体化を企図していたら国賊である。
しかし、それは本当に日本の競争力を高めるものになるのだろうか? 確かに日本のインフラ電力のほとんどがグリーン電力によってまかなわれるようになっていれば、そういう可能性はある。
しかし、すでに説明したように、そのロードマップはまだ肝心な部分が何もできていない。いみじくも戦略として位置づけるのであれば、菅首相は日本地図に「新規建設する原発」をちゃんとプロットして、どことどこに、いつ原発を新設するのか明示すべきだと思う。が、そんなことをしたら蜂の巣をつついたような騒ぎになるのは目に見えている。「いや再生可能エネルギーでまかなうのだ」というのであれば、そのロードマップでもいい。地図がないのでは話にならない。
自工会の試算によれば、仮にEVによって新たに必要とされるエネルギーを全部原発でまかなうとすれば、新規に10基の原発が必要だ。さらに既存の火力発電所をCO2回収型に改良するか、水素燃料に切り替えるか、あるいはこれも原発に置き換えるかを、予算と共に提示しなければならない。水素に関しては、それを化石燃料から作るのでなければどうするのかも課題である。自工会の試算が間違っているというのであれば、どこがどう間違っているのかを明らかにした上で、自身の試算を開示すべきだ。
なぜここでインフラ電力の話をするのかといえば、50年の時点では、カーボンニュートラルの定義が今のままだとは思えないからだ。現状では走行時のCO2排出のみに着目して、EVはゼロエミッションということになっているが、常識的に考えれば、将来的にはインフラ電力も含むライフサイクルアセスメント(LCA)での評価になるだろう。それを理解しているから、所信表明演説において菅首相は「次世代太陽光発電」の話を挙げているのではないか?
LCAでCO2負荷を比較するルールになったとすれば、自動車の製造に使用する電力も電源構成がクリーンであることが求められる。ところが経産省自身が作成した資料によれば、17年の日本の電源構成において非化石エネルギーによるものは19%に過ぎない。年次の提示はなかったが、自工会会見で豊田会長の発言によれば、日本は、火力発電が77%で、再エネ/原子力発電が23%である。一方、ドイツは、火力が6割弱、再エネ/原子力が47%(発言ママ)。フランスに至っては、火力が11%で再エネ/原子力が89%となっている。
EVは生産時のCO2負荷が高いことが知られており、もし35年に自動車を完全EV化するのであれば、その時点で日本の電源構成はフランスを凌駕(りょうが)している必要がある。そうでなければ電源構成の悪い日本でEVなんて作っても、LCAでのCO2排出量でフランスに負けが確定してしまうのだ。
日本の自動車メーカーは全ての生産拠点を、例えばフランスのような非化石燃料電源構成を持つ国に移転しないと、自動車産業は生き残れないことになる。自動車一本足打法といわれる日本の経済は壊滅的な打撃を受けることになるだろう。
最悪の場合において、自動車メーカーには、電源構成の良い国への生産拠点移転で生き延びる道があるかもしれないが、そうなればわが国の税収も雇用も壊滅的に激減する。果たして巨大な自動車産業喪失に匹敵するだけの新たな環境技術分野の成長戦略があるのだろうか?
政策の一丁目一番地といいつつ、カーボンニュートラル社会において、全ての産業の基礎となる電源構成のロードマップにすらこの段になっても言葉を濁しているような状態で、それが可能とは到底思えない。比較的言うことを聞く自動車産業に無茶を押しつけて、やった気になるのではダメだ。産業からも、世論からも、野党からも、極め付きは党内の産業別派閥からも、命懸けの抵抗を受けるだろうが、それらを滅ぼして、おびただしい返り血を浴びる覚悟で電源構成改革をやらない限り話は進まない。
環境問題を政策の一丁目一番地に据えるということは、要するに世界のエネルギー産業地図を壊して、産業丸ごとを敵に回すということで、厳しい茨の道である。本気でやるなら微力ながら応援するが、生半可な気持ちやイメージ作りでかき回すのは絶対止めてもらいたい。国民が許容できないレベルの迷惑を被る。日本を潰す気か? と半ば本気で思っているのだ。
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