ガソリン車禁止の真実(ファクト編):池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/6 ページ)
年末の慌ただしい時期に、自動車業界を震撼(しんかん)させたのがこのガソリン車禁止のニュースだった。10月26日の菅義偉首相の所信表明演説と、12月11日の小泉進次郎環境大臣会見が基本になるだろう。カンタンにするために、所信表明演説を超訳する。
正式発表前にリークが起きたのはなぜか?
要するに、首相も環境相も、国民が使うガソリン車を撤廃するとは、公式に一言も言っていない。大山鳴動してなんとやらだ。にもかかわらず、世の中にあれほど「脱ガソリン車」報道があふれたのはなぜか?
それは経産省が12月10日に自動車メーカー役員や有識者を招いた検討会で、脱ガソリンの方向が検討され、そこで非電動化車両を2030年頃に販売禁止にすることが議論されたからだ。実態はたんなる検討会でしかなく、メーカーの役員を呼んだヒアリングの段階であることが分かる。
どう考えても何かを決めての正式発表ではない。問題はそれを大手メディアが10日に、「30年代半ばにガソリン車新車販売禁止で調整中」と大々的に報道したことだ。大手メディアが報道したということは、すなわち経産省側がこの検討会の内容をメディアにリークしたということであり、そのリークの伝え方次第では、それは世論の誘導を目的にしていることが疑われる。
この時、2030年頃に純粋なガソリン車が禁止されるという報道が出回ったが、それをさらにややこしくしたのが「電動車」という言葉の定義である。電動車とは駆動に何らかのモーターを持つものの総称であり、スズキのハスラーなどのマイルドハイブリッドや、トヨタのプリウスなどの(ストロング)ハイブリッド、日産ノート e-POWERなどのシリーズハイブリッドも含む。エンジンオンリーでさえなければ全部が電動車である。少なくともこの時、経産省はそういう言語定義で使っていることは報道を見ても明らかだ。
しかし一部メディアはこの説明もせずに「電動車」という言葉を不用意に使い、「EV以外全面禁止」という誤解を振りまいた。「ガソリン車」も同様で、例えば「純ガソリン車」のような誤解を避ける単語が使われた節がない。そしてそれをメディアの多くが精査せずに採用し見出しに使った。後日、豊田章男自工会会長がメディアの姿勢について批判を突きつけたのはこの部分である。
さて、問題の核心に近づいてきた。一連の動きを総合的に見ると、首相も環境相も言っていないことを、「検討会という単なるヒアリングの場」で議題に挙げた事実を拡大的にリークして、「ガソリン車廃止に向けて調整中」という報道を作り出していることになる。どうも経産省の一部には、本当に「EV以外全面禁止」に持ち込みたい勢力がいるように思える。
政府の単なる「50年にカーボンニュートラル」、あるいは「環境省はガソリン車とハイブリッド車を購入しない」という発表と齟齬(そご)があろうとも、12月10日の検討会の内容をリークすることで、10月26日の首相の所信表明演説と翌11日の環境相の会見解釈にクセの強い補助線を入れることになり、メディアと世論をミスリードさせる下地が結果的にできている。作為があるのかないのかは断定できないが、不完全にリークし、あるいは誤解を誘発することで「EV以外全面禁止」に持っていこうとしているようにも見える。
経産省主宰の検討会で自動車メーカーと「純ガソリン車は30年代半ばには止めましょう」という妥協点を提示して納得させつつ、それを漏えいして、いつのまにか話をズラして、「EV以外全面禁止」の方に持っていこうとしているのではないか? ちょうど、大坂冬の陣で外壕(そとぼり)を埋める約束をしておいて、内壕(うちぼり)まで埋めてしまった話を思い起こさせる。豊田会長が、苦言を呈したのはこれに対してである。後述するが、そこまでを視野に収めるならば、電源の話をおいてはできないから正攻法を避けたのではないか?
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