ジョブ型を志向するとき、大学ではどのような教育が求められるのか:立命館アジア太平洋大学・出口学長に聞く(2/2 ページ)
企業がジョブ型を志向し、教育と産業の架け橋を作ろうとするならば、大学教育に求められるものは何か。ライフネット生命保険の創業者で、現在は立命館アジア太平洋大学の学長を務める出口治明氏に聞いた。
大学のKPIは、10年後の「この大学を出てよかった」
出口氏が学長を務めるAPUの教育は、出口氏の言葉を体現するように学生が自身の興味を発見し、それを突き詰めていくことに力を注ぐ。
「大学教授がいくら名講義をしても、人はいやいや勉強したことは、単位を取れば忘れてしまう。卒業単位の数だけそろえても意味はありません。好きなこと、やりたいことだけやればいいと思っています。教員にも一貫して、皆さんの仕事は教えることではなく学生の学びを支援することですと言っています」(出口氏)
また、同校の学生の半分は、海外からの留学生だ。留学生の多くは大学院に行くことを前提に積極的・主体的に学ぶ。「1年生は基本的に全員寮に入るため、留学生から刺激を受けて、日本人の学生も必死に学びます。もちろん就職指導もしますが、国連や国際NGOで働きたいなどそれぞれが夢や目標を持ち、大学院に進んでいく日本人の学生も少なくありません」(出口氏)
出口氏は、大学のKPIとは何かということを常々考えるという。導き出した答えは、「10年、20年後にあの大学を出てよかったと思えるかどうか」。
「よかった、と思えるのは、大学で自分のやりたいことを見つけられることだと思います。残念なことに多くの大学は必死に『有名企業に何人入社した』ということをPRする。いい大学に入って、いい会社に入れば一生安泰、という古い時代の常識を強化することにしかなりません。大学側もしっかりとした見識を持って、学生のチャレンジを支援する場としての役割を果たすことに舵を切らなければなりません」(出口氏)
それぞれの持ち分で“とがったこと”をやる
「人を成長させるのは、人・本・旅である」というのは、出口氏の強固な信念である。多様な人に会い、多様な本を読み、旅をして異なる場に身を置き、異なる視点でものを見る。「これが、人生 100年時代に働き続けるための能力を獲得する有効な方法です」(出口氏)
「人・本・旅」を人の人生に埋め込んでいくとすれば、「1つの手っ取り早い方法は副業」(出口氏)だ。「一つの職場で机にかじりついて仕事をしているだけではいいアイデアは出ません。みんながいい大学、いい会社を目指して頑張り、その後努力をせずに安泰、という歪んだ労働慣行が日本経済を低迷させていることに政府も企業も気付き、雇用を流動化させるきっかけとして副業を推進する空気が生まれているのでしょう」(出口氏)
もう一つの「人・本・旅」の方法には、大学や大学院の存在が関わってくる。ジョブ型前提の社会では、働く人は大学や大学院での学び直しが欠かせないという。
「例えばフィンランドでは、5人に3人が会社を変えるのみならず職を変える、つまり、“転社”ではなく“転職”をします。そのうち半分は、求職期間中に高等教育機関で学んだり、国家資格を取得したりと、学び直しをします。大学で4年学び、そこで得た知識やスキルだけで一生飯を食うことができるならば、仕事とはたやすいもの、ということになる。決してそうではないことを皆さんもご存じのはずです。高等教育機関の大きな役割はリカレント教育、というのが世界の常識なのです」(出口氏)
このような社会に変わっていくために、私たちはどこから、何を変えていけばいいのか。出口氏は、「それぞれの持ち分で常識を捨て、“とがったこと”をやることに尽きる」と強調する。「企業は新卒一括採用に区切りをつけ、本当に自社に必要な人を必要なときに採る。学生に影響を与える保護者も、いい大学・いい会社という道を進むのが安泰という幻想を捨てる。学生は自分の本当に興味・関心のあることで頑張る。もちろん、大学も変わるべきです。私自身は、APUを個性的でグローバルで競争力のある大学にしようと努めています」(出口氏)。誰かが変えることを期待するのではなく、全員が変革に参加する。それが今、求められることであろう。
本記事は『Works』164号(2021年2月発行)「日本におけるジョブ型への流れを大学は支え得るのか」より「ジョブ型を志向するとき、大学ではどのような教育が求められるのか」を一部編集の上、転載したものです。
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