堀江貴文は、いかにしてゼロから築き上げたのか 「宇宙ビジネス立ち上げの原動力」を聞く:ホリエモンが仕掛ける「宇宙ビジネス」【後編】(2/5 ページ)
ホリエモンこと堀江貴文氏が創業したベンチャー企業インターステラテクノロジズ。堀江氏が宇宙ビジネスへの参入に動き始めたのは00年にさかのぼる。その後、国内における民間宇宙開発を目指す組織「なつのロケット団」を結成して、ゼロからロケットの開発に取り組んできた。堀江氏インタビューの後編では堀江氏が、「ゼロ」からロケット開発を可能にしてきた背景を聞く。
自社でロケットエンジンを開発したスペースX
「(宇宙ビジネスを始めた)当初はロシアから必要なエンジンなどを買ってくればいいと思っていましたが、甘くはありませんでした。打ち上げたいのなら、ロシアに来て打ち上げサービスを利用すればいい、というのがロシアの姿勢です。甘くないことが分かったので、自分たちで作り始めることにしました。でも、完全に一から作っているので、最初はロケットエンジンを作る人をどうやって募集すればいいのかも分かりませんでした」
子どもの頃から宇宙に憧れていた堀江氏は、ライブドアを経営していた当時から宇宙産業への参入を目指していた。00年にロシアの宇宙ステーション「ミール」が売り出された時に購入を目指したほか、05年にもロシアのメーカーとロケットエンジンの購入について交渉したものの、うまくいかなかった。
04年、米国の非営利組織であるXプライズ財団が、民間による最初の有人弾道宇宙飛行を競うコンテスト「Ansari X PRIZE」を開催。ライブドアはコンテスト中継の権利を獲得して、インターネットで配信した。この配信をきっかけにして、堀江氏はGoogle共同創業者のラリー・ページらとともに、Xプライズ財団のボードメンバーに就任していた。
堀江氏が、ロケットエンジンをロシアから買うことは甘くないと知った頃、Xプライズ財団で知り合ったのが、イーロン・マスク氏だった。
「イーロン・マスクと初めて会ったのは05年頃です。PayPalを創業してeBayに売却した人だというのは知っていましたが、一般的にはまだ全然知られていませんでした。当時は僕の方が有名人でしたね」
イーロン・マスク氏がSpaceX(スペースX)を創業したのは02年。堀江氏がロケット開発に関わり始めた時期とほぼ変わらない。しかし、スペースXは現在、世界の民間宇宙ビジネスの先頭に立っている。06年からロケットの打ち上げに3度続けて失敗したものの、08年、イーロン・マスク氏が資金をかき集めて臨んだ4度目の挑戦で、ついに液体燃料ロケット「ファルコン1」の軌道投入に成功した。
スペースXは20年8月、クルードラゴンによって民間企業初の有人宇宙飛行に成功。20年11月には日本人宇宙飛行士の野口聡一氏がクルードラゴンに搭乗し、半年間の予定でISSに滞在している。堀江氏は、スペースXが民間企業でロケット開発の先頭に立った理由を次のように指摘する。
「イーロン・マスクがすごいのは、自社でエンジンを作ったことです。スペースXを設立するときに、アポロ計画のロケットエンジンを開発した航空宇宙企業TRWから人材を引き抜いて、わずか2年でコピーのエンジンを作りました。どうやって作っているのだろう、と当時は思いましたね」
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