愛知県知事リコール署名の不正はなぜ防げなかったのか? 受託者側から見る、問題の病巣:問われる企業のモラル(3/4 ページ)
問題となっている愛知県知事リコール。不正の責任は受託者側にもあると筆者は指摘する。
まず、愛知県知事リコール署名に関わる案件であることが挙げられます。政治に関わる案件にはさまざまな背景や思惑、感情が絡んでいることが多く、表からだけでは分かりづらいリスクをはらんでいることがあります。それだけで受託者側としては慎重かつナーバスになるものです。
その他にも怪しい点が
次に、住所・氏名・生年月日というセンシティブな個人情報を取り扱うことも挙げられます。この3つの情報は、同時に揃うと本人確認できるような、厳重に管理されるべき重要個人情報です。当然、第三者へ簡単に開示できるようなものではありません。他人に口外したりSNSで発信したりすることを禁じて誓約書の提出を求めていることからも、機密性の高い作業であると認識されていたことが伺えます。
さらに、署名の書き写しという作業に、100人近い人数が4日以上もかけていることもポイントです。それだけの人数を集めるだけでも大変な労力ですが、全員が指示通りに作業できるようマニュアルを整備したり、作業会場を押さえたりと、相応の事前準備が必要です。決して適当に募集したらそれだけの人数が偶然集まったというものではないはずです。
つまり、目標となる署名の数が先に分かっていて、その数を期日までに達成できるよう逆算して作業工数を割り出し、必要な人数を意図的に集めた、と考えるのが自然です。それだけ膨大な数の署名を書き写さなければならないことを「名古屋市内の会社」は、業務を受託した時点で分かっていたということです。しかも、なぜか作業場所は愛知から遠く離れた佐賀県でした。それが発注者からの指示だったとすれば、愛知県から離れた場所にする何らかの事情があったと考えられます。
そして、これらの大掛かりな作業のために大きな金額が動いています。記事では時給950円とありますが、さらに交通費も支払われていたという別の報道もあります。交通費や会場費などはいったん横に置き、アルバイトにかかる人件費部分だけ切り出しても相当な金額です。
仮に8時間作業すると、一人頭7600円。それが100人で4日間だとすると、7600円×100人×4日間=304万円です。一連の署名収集業務グループの下流にいるアルバイト人件費だけで300万を超える金額が動いているのです。この金額はあくまでアルバイトへの賃金相当分なので、仮に受託事業者が30%のマージンを上乗せしていたとすると、発注者への請求額はもっと高くなります。請求額をαとすると、α-304万円=α×30%という式で計算できます。請求額は434万2857円。400万をゆうに超えます。
政治がらみで、センシティブな個人情報を扱い、大きなお金が動いているという明らかに“きな臭い”案件なのに、なぜ「名古屋市内の会社」はそれを受託したのでしょうか?
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