愛知県知事リコール署名の不正はなぜ防げなかったのか? 受託者側から見る、問題の病巣:問われる企業のモラル(2/4 ページ)
問題となっている愛知県知事リコール。不正の責任は受託者側にもあると筆者は指摘する。
今回の事件を上流(発注者)側の視点ではなく、署名収集を依頼された下流(受託者)側の視点から見てみるとどのように映っていたのかを考えていきます。
署名偽造の一部については、愛知県から800キロ以上も離れた佐賀県で行われていたことが分かっています。そこで実際に署名の書き写し業務に当たった人の証言をさまざまなメディアが報じています。2021年2月18日、読売新聞は「【独自】愛知リコール署名、佐賀で大量偽造か…『名前を書き写すだけ』バイト募集」と題する記事を掲載しました。以下、この記事内容をベースに考察を進めます。
記事によると、署名収集業務には主に3つの業者が関わっていたようです。最も上流に近いのはリコールの会事務局から直接発注された広告関連会社ですが、最も下流にいたのは最終的に署名書き写しのアルバイトを集めた人材派遣会社となっています。
ただ、人材派遣であれば労働者派遣契約を結んでいるはずなので、そうなると集めたのは「アルバイト」ではなく「派遣社員」ということになります。しかし、記事ではアルバイトとなっているので、派遣ではなく発注者が直接雇用する日々紹介の形態だった可能性があります。記事上ではその点がはっきりしないため、ここでは人材派遣会社より広い意味合いの人材サービス会社と呼び、話を進めます。
受託者側は内容を知っていた?
記事内容から、署名収集グループの最下流でアルバイトを集めた人材サービス会社には、少なくとも「名前を書き写すだけ」の仕事であることは伝わっていたことになります。ただし、これだけだと何の目的で、どんな資料をもとに、どういう人の名前を書こうとしていたのか、ということまでは分かりません。
署名書き写しの現場には「名古屋市内の会社」から来たというスタッフがいて業務指示を行っています。そこでは具体的に細かい指示が出されているため、「名古屋市内の会社」は業務の詳細を把握していたことになります。その「名古屋市内の会社」が最下流の人材サービス会社なのか、一つ上流にいる下請け会社なのかは特定できませんが、少なくとも「名古屋市内の会社」は以下の情報を知る立場にあったはずです。
- 愛知県知事リコール署名に関わるアルバイト募集であること
- リストから愛知県民の住所、氏名、生年月日をリコールの署名簿に書き写す作業であること
- 作業内容を口外したりSNSなどで発信したりしてはならないほど機密性が高い作業であること
- 書き写しする数は、一度に100人近い人数で少なくとも4日以上かかる分量であること
- 少なくとも、上記の人数を確保するだけの経費がかかっていること
- 何らかの事情により、この作業を愛知県ではなく佐賀県で行うこと
この6項目には、あちこちに“きな臭さ”が漂っています。
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