デジタル時代でも、感動を与えるのは店舗──中川政七商店、ユナイテッドアローズのCDOが語る哲学:長谷川秀樹の「IT酒場放浪記」 これからの小売り論(2/4 ページ)
元メルカリCIO長谷川秀樹氏が、IT改革者と語る「IT酒場放浪記」。今回のゲストは、中川政七商店 取締役CDOの緒方恵氏と、ユナイテッドアローズ 執行役員CDOの藤原義昭氏。小売り企業のDXを最前線で進めてきた二人が、今あらためて考える店舗の価値、ECの意義とは?
本当に価値のあるものを提供し、「安い」と思っていただく
長谷川: 小売業の宿命というか永遠のテーマで、人は基本的には安く買いたいよね。でも、お二人の会社が提供する商品は安くはない。
緒方: ターゲットをどこに見据えるかによって価格競争に身を置くべきか否か変わってきます。
僕たちは価格を基準に選ばれたら当然勝てません。重要なのは、情緒的な価値も含めて、決済意欲を持てる人と出会えるかどうか。そして、価格が最優先の人に出会うことをいかに避けるかということです。世界観はそのフィルターの役割です。
門構え、店の雰囲気のセンスが合致した人は入店しやすいと感じる。長谷川さんはうちの店に入りづらいんじゃないですか? それは、世界観が一致していないからです。
長谷川: (笑)
緒方: 中川政七商店は、「適正な値付けをして職人にしっかりお金を払う」、この構造をとにかく守りたい。安く提供することは、職人へのリスペクトに欠ける行為。値下げはしたくありません。ブランディングって伝えるべきことを伝えるべき人に適切に伝えること。適切に伝われば、うち商品は「安い」と思ってもらえるはずなんです。
長谷川: アパレルはさらに難しくて、ファーストリテイリングという巨大企業がいる。ユナイテッドアローズとは方向性が違うとはいえ、意識せざるを得ないと思うのね。
藤原: 山口周さんが、世の中「役に立つもの」か「意味があるもの」の2つしかないと言っています。「役に立つもの」はとにかく一番にならないとダメ。
一方、ユナイテッドアローズは「意味のあるもの」を作っている。明日、告白したい女性がいるとします。そのとき、ファストファッションで固めるんじゃなく、ここ一番の物を着たい。そういう意味のあるものを僕たちは提供していると思っています。
僕がユナイテッドアローズに入社してまず驚いたのは、マジで魂を込めてプロダクトを作っていること。僕たちは高いと思われがちなんだけど、実は良いものを安く提供している。今着ているこれ、ユナイテッドアローズの洗えるジャケットです。洗えるジャケットって今どこでも販売していて、3000円程度と安いけど洗うとぺちゃんこになるような商品もたくさん出ています。でもこれは、洗った後どうしたらふわっと立体的になるか計算して作られています。
ユナイテッドアローズのお店で販売員を使い倒すとより良いものが買えるんです。安い物が買えるんじゃないですよ。提供している価値に対して高いか安いか。1万円のジャケットを買うつもりが3万円のジャケットなったとしても、1年で捨てるのではなく、5年、8年着れるかもしれない。問題は、それをお客さまとのコミュニケーションやマーケティングの中で伝え切れるかどうか。課題は山積みだけど、それがCDOである僕の役割だと思う。
【編集履歴:2021年7月2日午前10時45分 一部表現を改めました】
緒方: 逆に言えば、プロダクトに価値がなければ接客もデジタルマーケティングも空虚な話になってしまうということ。プロダクトがいいってことが大前提です。
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