【解説】ウォルマートのIoTは、何がすごいのか:石角友愛とめぐる、米国リテール最前線(3/3 ページ)
ウォルマートの業績が好調だ。背景にはIoT活用があるという。同社のIoT戦略や運用の何がすごいのか、またコロナ禍でどのようなことに役立ったのか。解説する。
コロナ初期にも活躍した、IoTによる設備調整
ウォルマートは、店舗内の冷暖房空調設備にもIoTを活用しています。空調に付けたIoTセンサーを使って素早くエネルギー消費の変化を検知し、顧客体験を損なうことなく温度調整を管理しているのです。
これを可能にするのが、デマンドレスポンスと呼ばれるシステムです。ウォルマートでは、このデマンドレスポンスによって、米国内のどの店舗でも、一定時間におけるエネルギー消費量を削減し、その後、機器を自動的に通常の動作基準に戻せます。
これは、米国内のどこでも、地域ごとや個々の店舗ごとに、エネルギー使用量を削減できることを意味しています。これにより、顧客体験を損なうことなくエネルギー消費を抑え、光熱費を削減できるとのことです。
また、デマンドレスポンスシステムは、コロナ流行時の営業時間が流動的に変化する中での空調やその他機器の調整にも大活躍しました。
コロナが流行した初期の段階では、従業員が在庫の補充や消毒を行う時間を確保するため、実質的には店舗の営業時間を一晩中調整し続けることが必要でした。この時、もし空調や冷蔵庫を現場で調整し、店舗ごとの機器のスケジューリングを手動で変更していたとしたら、それだけで数百時間を費やす必要があったと言われています。
しかしウォルマートでは、代わりにIoTを活用したデマンドレスポンスシステムを利用することで、複数の店舗や地域で同時に機器のスケジューリングを行い、時間の節約と経費の削減を実現しました。
今後、コロナによる規制が解除され、店舗の営業時間が地域ごとに調整されても、このシステムを活用して機器のスケジューリングを適宜変更できると言います。これは、営業時間が変化する度に手動で空調や機器の調整を行わなければいけない他の小売業者と比較すると、大きな優位性につながると考えられます。
デマンドレスポンスのような大規模システムを導入し経済的効果を得られるのも、展開店舗数が多く敷地が広いウォルマートのような企業だから、とも言えるのかもしれません。
ここまでウォルマートのIoTに関する取り組みや事例を紹介しましたが、単純にデバイスをつけてデータを収集する、というものではなく、収集したデータを解析しやすい形にまとめ、店舗ごとに「コントローラー」を設置し、データを参照する店舗マネジャーが管理しやすい形で運用していることが分かりました。
また、コロナ禍で営業時間の変更を余儀なくされたときも、各店舗のオペレーションに依存することなく、IoTを駆使したデマンドレスポンスシステムを使って地域全体の冷蔵機器の温度調節などを自動化したことでエネルギー消費や人件費削減をすることに成功しています。
このようにIoTデバイスを活用し、効率化などの業務改善を進めるためには、デバイスから得られるデータをどのように統一するか、統一されたデータを解析して、意思決定に役立つ情報(在庫補充や労働管理など)をどのように現場の人に届けるか、そして、現場担当者の行動に全面的に依存せず、IoTで管理と調整ができる部分(冷蔵庫の温度調整など)は積極的に自動化していくといった仕組み作りが重要なのです。
それをコロナの流行前から構想し、いち早く取り入れられたことこそが、ウォルマートのIoT戦略の大きな成功要因だと言えるでしょう。
著者プロフィール:石角友愛(いしずみ・ともえ)
パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科客員教授(AI企業戦略)を務める。毎日新聞「石角友愛のシリコンバレー通信」など大手メディアでの寄稿連載を多く持ち最新のIT業界に関する情報を発信している。
著書に2021年4月発売の『いまこそ知りたいDX戦略』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、2021年3月発売の『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
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