高齢者の踏み間違えは防げるか? 誤発進抑制機能の有効性:高根英幸 「クルマのミライ」(4/4 ページ)
毎日のように報道を賑(にぎ)わせている交通事故として、クルマが商店などに飛び込んでしまうという誤発進による事故が目に付く。そのほとんどは高齢ドライバーが引き起こすもので、「ブレーキとアクセルを踏み間違えた」と自らの運転操作ミスを認める内容の発言も報じられることが多い。
後付けの誤発進抑制装置も選択肢が増えてきた
トヨタが後付けの誤発進抑制装置「踏み間違い加速抑制システム」を発売したのは、2018年のことだ。ただしこれはソナーを後付けするため、車種も限定されるし取り付けにも高い精度が要求される。それでも既存の車種に対応するよう対象を拡大しており、20年にはウインカーや道路の勾配を検知して、右左折や登坂時など強い加速が求められる時には機能を停止させる「踏み間違い加速抑制システムII」も発売している。
ダイハツやマツダも同様の後付けの誤発進抑制装置を用意している。新型車だけでなく既存のモデル、特に使用中のクルマに後付けできるシステムをメーカーが用意するのは、これまでにはあまりみられなかったもので、この問題がいかに社会に大きな影響を与えているかが分かる。
幅広い車種に取り付けられる汎用の誤発進抑制装置も、カー用品店などで販売されている。しかしアクセルペダルを踏み込む勢いだけで判断すると、例えば交差点の右折時や、都市高速のICからの加速などほぼ停止状態から速やかに加速したいシーンでは、装置がペダル踏み間違いと判断して加速不良に陥ってしまうケースもあり得る。そこでオートバックスで販売される「ペダルの見張り番」には、改良版として急加速したい時には機能をキャンセルできる「ペダルの見張り番II」も登場している。
東京都は、これら後付けの誤発進抑制装置の装着に費用の5割を負担する補助金を支給する体制を素早く立ち上げた。国の制度でもサポカー補助金で車両だけでなく後付け装置の装着費用も対象とするなど、普及をサポートする環境は整いつつある。
アクセルペダルを交換することでペダル踏み間違いを防止する製品もある。アクセルペダルを踏み込んでもブレーキが作動するようにして、加速はペダルを横に押すように動かす構造としたナルセペダル(ナルセ機材)は業界では有名だが、それ以外にも強くアクセルを踏むとブレーキが作動する構造としたSTOPペダル(ナンキ工業)など、アイデアを凝らしたアクセルペダルも登場しているのだ。
筑波大学の医学医療系市川政雄教授の研究によると、65歳以上のドライバー2844人を対象にした調査で、4年後に運転を続けていた場合と、返納などにより運転を止めていた場合を比較した場合、要介護になる確率は2倍も違うらしい。運転を止めることで活動量が減り、生活への意欲も減少することで、認知機能や身体能力が低下してしまうことがデータとなって現れてきているのだ。
22年5月からは、75歳以上の高齢ドライバーには運転免許の更新手続きに実技検査が加わる。安全に運転を続けることができる高齢者かキチンと判断する仕組み作りが、いよいよ始まるのだ。
高齢者を対象としたサポカー限定免許は、本人が選択することで交付されるというから、その実効性については微妙なところである。そういった意味では、高齢ドライバーの安全対策はまだ始まったばかりだ。
高齢者に経済活動をしてもらうことで国内は一定の内需を確保できる。若者の就業を支えることにもなるのだから、元気な高齢者にはどんどん活動してもらう。それが日本を元気にすることにつながるはずだ。
筆者プロフィール:高根英幸
芝浦工業大学機械工学部卒。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。これまで自動車雑誌数誌でメインライターを務め、テスターとして公道やサーキットでの試乗、レース参戦を経験。現在は日経Automotive、モーターファンイラストレーテッド、クラシックミニマガジンなど自動車雑誌のほか、Web媒体ではベストカーWeb、日経X TECH、ITmediaビジネスオンライン、ビジネス+IT、MONOist、Responseなどに寄稿中。近著に「ロードバイクの素材と構造の進化(グランプリ出版刊)、「エコカー技術の最前線」(SBクリエイティブ社刊)、「メカニズム基礎講座パワートレーン編」(日経BP社刊)などがある。企業向けやシニア向けのドライバー研修事業を行う「ショーファーデプト」でチーフインストラクターも務める。
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