京王線“ジョーカー男”から相次ぐ「無敵の人」はなぜ生まれる? 経済的観点から読み解く:古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(2/3 ページ)
ハロウィンに現れた京王線の「ジョーカー男」事件から、電車を舞台としたいわゆる「無敵の人」の事件が後を絶たない。ここにきて罪を犯しても失うものがない「無敵の人」の犯行が大きな社会問題になりつつある。
「普通の人」ほど「無敵の人」になる?
そもそも、このような凶悪犯罪を犯す「無敵の人」とは、人間関係や社会的地位、そして職業を追いやられるなどして、ほかに失うものがない状態で犯罪を実行する者を指す。罪を犯して逮捕されれば刑に服すだけでなく、会社をクビになったり家族や友人から絶縁されたり、インターネット上に犯罪の情報が掲載されたりするといった「社会的制裁」も受けることとなる。
そして、私たちの有する経済的な行動メカニズムによれば、誰しもが「無敵の人」と化すおそれがある。その理由を犯罪の「機会費用」という概念から検討していきたい。
仮に、私たちの脳裏である犯罪が頭をよぎったとしても、通常であればそれを実行に移さない。それは道徳的な意識だけでなく、刑罰を受けることによるさまざまな制裁と犯罪によるメリットを天秤(てんびん)にかけて、デメリットが大きいと判断するからだ。よく引き合いに出されるのが、失業率と犯罪率の相関関係である。
定職についている者が罪を犯す場合、罪を犯すことで会社をクビになる可能性が高いことから、少なくとも「会社をクビになることによって減少した生涯賃金」が、その犯罪のコストとして認識されるだろう。しかし、職がない者にとっては、初めからそのようなコストを気にする必要がない。
そして、家族や友人との人間関係や、社会的評判、健康状態といったさまざまな属性を失うにつれて、犯罪の機会費用は極限まで減少し得る。ちなみに、家もお金も身寄りもない老人が、冬を越えるために逮捕される前提で窃盗を試みるような事例もあるが、これは刑務所に入ること自体がメリットとなるため、この場合犯罪の機会費用がマイナスとなっているといえる。
このように考えると、「無敵の人」は経済学的な観点だけでいえば意思決定のプロセスが異常なせいで発生するというよりも、むしろ正常であるが故に生み出されるといってもいい。このように考えると今、普通の人と思っている私たちは運良く環境に恵まれてきただけであり、ちょっとしたきっかけで無敵の人になってしまう可能性がゼロである保証はないのだ。
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