OJT頼みな企業が多い中、メルカリが「博士課程進学支援制度」を発表した意義:「会社が社員を守る時代」の終焉(3/3 ページ)
社員の教育に関してOJT頼みの企業が多い中、メルカリが発表した新制度が話題を呼んだ。人生100年時代の今、重要性が高まる「リスキリング」だが、多くの企業ではなかなかそうした仕組みができていないのが現状だ。
まず、社員教育の費用をコストではなく投資と考えることです。仮に教育研修によって社員全体の生産性が1%向上する場合、その1%は投資によるリターンです。もし社員1人が生み出す利益が年間100万円だとすると、教育研修によって1人頭の利益が1万円増えることになります。社員数が50人の会社であれば、金額にして50万円です。つまり、教育研修の費用が50万円未満なら、その投資は1年で回収でき、その後は年間50万円ずつの利益が上乗せされることになります。
また、教育研修に力を入れて社員に成長機会を提供できれば、会社の魅力向上にもつながります。その結果、採用力を高めたり退職を防いだりする効果なども期待できます。そして、新たに入社した人材が利益を生み出せば、それもまた投資によるリターンです。
次に、職務無限定というメンバーシップ型の特徴を逆手にとり、学んだことを生かせる職務を新たにつくって社員を配属することです。冒頭で紹介した記事にてメルカリは、社員にリカレント教育の機会を提供する狙いとして「高度な専門知識の習得により、イノベーションの促進や長期的な競争力がもたらされる」と述べています。博士課程進学などで得た高度な専門知識を社内で生かせる職務とリターンが、具体的にイメージできているということです。その社員のスキルや知識に合わせた職務をつくり出して配属すれば、Off-JTで得た学びを会社の強みに変えることができます。
そして最後に、社員の担当職務を細かく洗い出して体系化することです。そうすると学ぶべきことが見えやすくなります。OJTを通じて先輩や上司の肌感覚の範囲で課題を捉えるのではなく、細かく体系化された職務一覧の中から補足したいスキルや知識を選び出して、ピンポイントでOff-JTのカリキュラムを受講させることができます。
しかし残念ながら、それらの改善を試みてOff-JTを機能させ、社員の学び直しに積極的に取り組もうとする会社は多くはないかもしれません。働き手としては、社員の学び直しに消極的な会社には依存しないことが重要となるでしょう。その上で、これからの働き手が心掛けておくべきことが2点あります。
働き手に必要な2つの視点
1点目は、自己啓発にいそしむことです。
社員の教育研修をコストと見なす会社に所属している限り、働き手は自らの成長機会を失い続けることになります。一方で、終身雇用の維持には無理が出ており、将来の安定が約束されているわけではありません。能動的に行動を起こし、学びの機会を自ら生み出さなければ、人材としての市場価値が下がり続けてしまう危険性があります。自腹を切る覚悟も求められますが、自身の成長にかける費用をコストではなく投資と見なす考え方は、会社側だけでなく、働き手側にも必要です。
もう1点は、社外にも目を向けて、自分独自の“マイキャリアデザイン”を進めることです。今の会社の中に用意されている一本道のキャリアに縛られず、社外に広がっているチャンスにも目を向ける必要があります。人材育成を投資と見なしてくれる会社への転職も一つの方法です。あるいは、今の会社はあくまで生活するためのライスワークと割り切り、副業などで別のキャリアを磨いて自己成長の機会をつくり出すのもよいと思います。
会社が守り続ける保証はない
アナウンサーの桝太一さんは、安定したテレビ局社員の立場に甘んじず研究職へ転じ、フリーアナウンサーとしても活動すると宣言しました。メジャーリーグ史上に残る大活躍をした大谷翔平選手は、前例にとらわれず二刀流という新しいジャンルを切り開いて歴史をつくり続けています。2人はそれぞれ特別な才能に恵まれた人たちですが、自らが主体となって新たな道をつくり出そうとする姿勢は、まさに“マイキャリアデザイン”を体現するものです。あらゆる働き手にとって、これからの時代におけるキャリア形成のお手本です。
たとえ特別な才能に恵まれなくとも、成長機会を求める意志さえあれば、新たなスキルや知識を習得することは誰にでも可能です。これから先、会社が守り育ててくれる保証などありません。いつやってくるかも分からない成長機会を漠然と待ち続けるのは危険ですらあります。学び直しを通じて能動的に独自のキャリアをデザインしていく姿勢は、自らの身を守る上でも必要なことです。今後学び直しは、働き手を守るセーフティネットとしてもさらに重要性を増していくのだと思います。
著者プロフィール・川上敬太郎(かわかみけいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する“働く主婦・主夫層”の声のべ4万人以上を調査したレポートは200本を超える。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
関連記事
- 「リスキリング」とは何か 有能な人材が欲しいなら、必要不可欠
新しいスキル・能力・知識を身につけていくことを指す「リスキリング」。これまでも「学び・学習(学び直し)」や「人材教育・人材育成」などがあったが、このタイミングでリスキリングに注目が集まるのはなぜか。 - 人事が会社を強くする! 必要性が高まる「リスキリング」のため、人事が今すべき3つのポイント
人事部門や教育担当部門にとって、従業員に対する学びの場の提供や、教育効果を高めるための施策の導入は重要なミッションです。しかし重要性は高くても、リスキリングは「学びの機会を用意して、終わり」ではありません。従業員の意欲の向上、効果の測定、魅力あるコンテンツ作り……導入に当たって、人事が取り組むべきポイントは多くあります。 - “やってる感”だけ先走る――なぜ日本企業は「名ばかり改革」を繰り返すのか
テレビ局に、「AD」の名称を変更する向きがあるらしい。何でも、名称を変えることでADに対するマイナスのイメージを払拭する狙いがあるようだが、その効果には疑問符が付く。なぜ、日本企業は「やってる感」が透けて見える名ばかり改革に走るのか。 - 米国が直面する「大退職時代」――若手人材を中心に、日本企業にも到来しそうなワケ
今、米国では多くの労働者が退職し、新たなキャリアを歩み始める「大退職時代」を迎えている。2021年のニュースを振り返るに、この波は日本にも到来しそうだ。特に、若手人材を中心に…… - 社員に「自己犠牲による忠誠」を強いる時代の終焉 「5%」がもたらす変化とは
企業が社員に「自己犠牲」を強いる時代が終焉を迎えつつある。背景にあるのは、企業と働き手の間にあるパワーバランスの変化だ。筆者は「5%」という数字に目を付け、今後の変化を予想する。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.