実は米国では導入済みの”内部留保課税”、ただし実現すれば失業大国にも?:古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(2/3 ページ)
定期的に議論に上る内部留保課税。実は米国では内部留保課税が全企業に適用されている。しかし、そこにはメリットとデメリットが存在している。
「内部留保」の意義
何かと話題に上がることの多い内部留保への課税案だが、この「内部留保」は会計上の用語ではなく、時に定義が曖昧になりがちだ。
企業の純資産における現金のことを内部留保という者もいれば、「会社が稼いだ利益の累積額」、つまり会計上「利益剰余金」とされる部分を内部留保と呼ぶ者もいる。今日では、利益剰余金のことを内部留保とする立場が一般的であることから、本記事でもこの部分に対する課税について検討していきたい。
そもそも、内部留保が会計上の利益剰余金であるならば、内部留保は現金とは限らない。将来の売上金に対する債権として「売掛金」という形で計上されていたり、有価証券のように減価償却されない資産となっていたり、機械設備や自社ビルなどのように減価償却に時間のかかる資産に変貌を遂げていることもままある。
つまり、利益剰余金があるからといって直ちに課税してしまうと、手元現金がない状態で内部留保税の支払いに窮する企業も出てきてしまう可能性がある。
では、内部留保課税の分野で進んでいる米国ではどのような処理を行なっているかを確認していこう。
米国の内部留保課税
日本では「一般企業に導入なんてとんでもない」と考える者も少なくない内部留保課税だが、米国には内部留保課税制度が全企業に適用されている点は見過ごせない。
連邦税法によれば、AET(Accumulated earnings tax)という名目で法人の内部留保に課税している。税率はかつては39.6%に設定されていたが、現在は20%となっている。
ただし、米国の内部留保課税制度は、企業に利益剰余金が残っていれば問答無用で徴収するものではない。事業のために合理的な必要性がある限りは内部留保を蓄積したとしても課税の対象になることはない。また、一定額部分については合理的な必要性がなくても留保することのできる枠があり、これを超える部分が課税の対象となる。
つまり、ムダに貯め込んでいなければ米国でも内部留保で直ちに課税されないような設計になっているわけだ。では、米国企業では「ムダ」な内部留保はどのようにして削減されるのだろうか。主な目的は、「株主への還元」だ。
米国では株主還元が進んでいるといわれるが、内部留保課税の制度もこの姿勢に一役かっていると考えられる。著名な例で言えば、米国のスターバックスやマクドナルドは時に資本金を取り崩したり、債務超過になった状態で利益を上回る配当や自社株買いを行うことがある。
この流れをくむと、日本にも一般企業に対する内部留保課税が施行されると、会社が使いきれない利益については投資や株主還元へ充てるという可能性が高まる。ただし長期雇用が前提とされる限りは、賃上げ幅の増加は限定的にならざるを得ないだろう。
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