「聞いていた給料より低い!」 手取りかと思ったら、総支給額だった──会社は補填すべき?:Q&A 総務・人事の相談所(2/2 ページ)
最近採用した社員から、「給料が入社前に聞いていた金額と違う」と抗議を受けました。面接の際に当該社員が言っていたのは税金や社会保険料を差し引いた「手取り」であり、人事担当が言ったのは税金や社会保険料を引かない総支払額でした。賃金を上げなければいけないでしょうか?
「手取り○○円」と交渉するのは無理な理由
転職をするときに、給料の希望として「手取りで○○円欲しい」と要求する人がいますが、それは無理です。次のような理由で、手取りをコントロールすることは困難だからです。
給料は手取りに比例しない
第一に、そもそも手取りは給料に比例しません。給料と手取りの差額である控除額は、所得税と住民税、社会保険料、労働保険料で構成されます。これらのうち給料に比例するのは労働保険料だけです。ただし労働保険料はもともとの金額がわずかであり、手取りに与える影響も限定的です。
他はいずれも給料に比例しません。税金は超過累進課税といって、所得が高額になるほど率が高くなります。社会保険料には健康保険料と介護保険料、厚生年金保険料があります。このうち最も金額が大きいのが厚生年金保険料ですが、これは賃金に比例するわけではなく、一定額で頭打ちになります。介護保険料は、40歳未満の人は徴収されません。
住民税は当月の給与に課されているわけではない
第二に住民税があります。住民税は前年の所得に課される分を当年の賃金から天引きします。当月の給料とある程度の相関はあるものの、当月の給与に課されているわけではないので、直接の関係はありません。
扶養親族によって所得税や住民税は変わる
第三に扶養親族の問題があります。所得税も住民税も、扶養親族が何人いるかによって変わってきます。
給与天引きがある
最後に私的な支出の給与天引きがあります。生命保険料や財形貯蓄、寮費などです。これらはむしろ手取りに算入すべき項目ですが、「給料いくら?」と聞かれたら、私的な支出も控除した金額を答えてしまうのが普通です。
重要なのは1時間あたり賃金
これはアメリカの話ですが、労働者になってから最初の10年間の賃金上昇額のうち、4割は転職によって生じているという研究結果があります。転職は給料上昇の主要な手段です。給料を重視するのは当然ですが、ビジネスパーソンは手取りだけでなく、1時間当たり賃金にもっと敏感になるべきです。
考えてみてください。転職するとき、次のどちらを選ぶべきでしょうか。
月給 | 休日 | 所定労働時間 | |
---|---|---|---|
A | 30万円 | 土日祝日と年末年始7日 | 9:00〜17:00(休憩1時間) |
B | 34万円 | 土日と年末年始7日 | 9:00〜18:00(休憩1時間) |
正解はAです。BはAの1.21倍の労働時間があるにもかかわらず、賃金は1.13倍にすぎないからです。
賃金が高いか低いかは「月○○円」という金額だけをみて判断すべきではありません。重要なのは1時間あたり賃金です。一般的な範囲では、年間労働時間は上記Aが最短であり、Bが最長です。もちろんこの範囲から逸脱する企業もありますが、それは例外的です。
想像してみてください。賃金は時給制で、自分は1000円、同僚は1210円です。自分は1日9時間目から1250円になりますが、同僚は1日8時間目から1513円になります。祝日に働いたら、自分は8時間目まで1時間1000円ですが、同僚は1時間目から1時間1513円です。どうでしょうか。「やっておられない」と思う人も多いのではないでしょうか。AとBは、違いをぼやけさせるためにあえて賃金を異なるものにしていますが、もしも賃金が同じだったら、この話と同じことです。
祝日が休日でないということは、単に疲れるとか自分の時間が持てないとかいうことにとどまりません。1時間当たり賃金にはそれ以上に大きく影響します。休日にこだわることは、決して怠け者である証拠にはなりません。
著者紹介:神田靖美
人事評価専門のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。企業に対してパフォーマンスマネジメントやインセンティブなど、さまざまな評価手法の導入と運用をサポート。執筆活動も精力的に展開し、著書に『スリーステップ式だから、成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)、『会社の法務・総務・人事のしごと事典』(共著、日本実業出版社)、『賃金事典』(共著、労働調査会)など。Webマガジンや新聞、雑誌に出稿多数。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。MBA、日本賃金学会会員、埼玉県職業能力開発協会講師。1961年生まれ。趣味は東南アジア旅行。ホテルも予約せず、ボストンバッグ一つ提げてふらっと出掛ける。
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