運慶からスカジャンまで 横須賀美術館が仕掛けた「市内との相互誘客戦略」:運慶展+特別展「特集:井上文太 Inspirations」(4/5 ページ)
「運慶 鎌倉幕府と三浦一族」が約2カ月間で、5万人の来場者を集めた横須賀美術館。好調の背景には、「美術館を街づくりに生かしていく」というコンセプトを打ち出す横須賀市による「誘客戦略」があった。画狂人・井上文太さんとの取り組みなどから、その背景をひもとく。
歴史小冊子やフリーペーパー アーティストと関係を構築
文太さんと横須賀市が結び付いた端緒は、海洋環境問題にある。
三方を海に囲まれている横須賀市が、きれいで豊かな海を守るために何ができるかを模索していた中、アートの力で海洋環境問題に対峙している文太さんのことを知り、コンタクトを取ったことがきっかけとなった。
この問題を、市民にいかなる手段で啓発していくかを文太さんと市の担当者が一緒に考え、生み出されたものが、フリーペーパー「生命あるものは美しい“THE Beauty of Life”」だ。
このフリーペーパーには文太さんの絵画が多数使われている。また環境問題に対する文太さんの思いも示した。
これとは別に、横須賀ゆかりの歴史上の人物を紹介するための歴史小冊子の表紙と挿絵にも文太さんの作品がふんだんに使われている。
文太さんは「アートを通して地域を再生し、環境問題を伝えたかった」と話す。
「僕が自治体の仕事を引き受けた理由は、横須賀市の方々や市長が、芸術を通じて地域を再生することに対して真摯に向き合われていたからです。そして僕もアートによって地域を再生することや、ポジティブな未来を創(つく)ることが非常に重要だと信じていたからです。
例えば、横須賀市の歴史冊子を制作する上でも、横須賀の文化をどう伝えるかを真剣に考えました。その結果、写真で土地の素晴らしさを伝えるよりも、人の手で描いた絵の方が、見る人の興味を引けると思ったのです。それが横須賀という土地を愛する気持ちになるきっかけになればと思い、心を込めて描きました」
画家の井上文太さん。8月には人気ミュージシャンで音楽プロデューサーのHYDEさんが企画とプロデュースを務めた画集『閃き 〜 INSPIRATIONS 〜 画狂人 井上文太』(ぴあ)を発売。『ひらがなタイムズ2022年10月号』では特集も組まれている(東京・丸善・丸の内本店4階ギャラリーで開かれた個展「画狂人 井上文太展 " iNSPiRATiONS " 魔法の林檎」にて撮影)
歴史冊子やフリーペーパーでの縁がつながり、今回の特集展示が実現した。文太さんは歴史冊子の仕事をしていた時に、三浦一族と横須賀の絵をすでに描いていたのである。
今回の特集展示に関連する形で、市役所の本庁舎1階市民ホールには、文太さん描き下ろしの「開国黄金大龍神圖」のタペストリーが展示されている。この絵図も、同市が依頼したもので、浦賀奉行所開設300周年記念事業のメインビジュアルとして描いたものだ。文太さんの作品を見たいファンは美術館を訪れるだけでなく、特集展示を企画した横須賀市にも関心を持ったはずだ。文太さんは語る。
「自治体の仕事は、お金のことは気にしていません。『それなら何のためにそこまでやるのか?』とよく聞かれます。理由は、横須賀という土地で多くの出来事があり、多くの人が協力して開国まで至り、僕たちが今こうして生きている経緯があります。その全てに感謝を返したいということと、ここで感謝を止めずに未来にバトンを渡したいからです。僕は絵だけですが、それぞれの方々の感謝の力が『八百万の愛』となって集まれば、きっと素敵な未来へ続く気がするのです」
文太さんは2019年、山梨県にも、自身が制作した絵画「令和月照金梅富嶽昇龍神図(れいわげっしょうきんばいふがくしょうりゅうじんず)」を寄贈した。積極的に自治体へ貢献する背景には、多くのアーティストが目先のビジネスを優先している現状や姿勢に疑問を持っているからだという。
「今のアートビジネスは、『予算いくらですか?』が全ての起点になっています。だからこそアーティストはお金の前に、自分が何のために仕事をしているかを真剣に考えないといけない。なぜなら、お金からスタートしてしまうと、予算の都合などもあり、純粋に自治体や市役所と話し合って決めた表現ができないことも多い気がしているからです。名誉やお金ではなく、僕はこれからも縁を大切にしていきます。きっと今は幕末の文明開花なのですね (笑)」
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