「業務ミス」で教員に95万円請求──個人への賠償請求は合法なのか?:民間企業のケースも解説(6/6 ページ)
川崎市の市立小学校で、教員のミスによりプールの水が出しっぱなしになった結果、約190万円の上下水道料金が発生した。市は損害賠償金として、約95万円を、教員と校長に請求した。このように業務上のミスをめぐって、個人へ賠償請求することは合法なのか?
ミスや事故はいつでも起こる、ではどうするか?
プールの水の話からだいぶ広がってしまった感があるが、ご覧いただいた通り、労働者個人に対してペナルティを課すことについては多くの制限がある。
雇用者側は職場の規律維持のためとはいえ、好き勝手にルールを押し付けることはできない。この機に労使ともに就業規則を読み返し、適切な定めがなされているかご確認いただきたいところだ。
また職場においてミスや事故が発生してしまうことは避けられない。それらを「あってはならないもの」として腫れ物のように扱い、厳しいペナルティを科してしまうと、不祥事そのものの隠蔽(いんぺい)につながってしまうリスクがあるし、個人の責任を厳しく追及すれば萎縮もし、エンゲージメントの低下にもなりかねないだろう。
では組織全体で連帯責任をとればよいかというと、それも違う。実際、職員のミスによって下水道設備の改修に4億円を要した茨城県常陸太田市が、市の全職員の給与をカットして改修工事費用に充てて責任をとったというケースがあったが、翌年の市職員応募者数が激減してしまうなど、組織の持続可能性に疑問が残ることになる。
ここは「ミスや事故はいつでも起こり得るもの」との前提に立ち、問題が発覚した際は、ミスそのものを責め立てたり、担当者個人や集団の連帯責任を追及したりするのではなく、ミスや事故が生まれてしまった職場環境や風土を検証し、「ミスが起こりにくい仕組みへと改善する」「ミスが発生しても挽回できる体制をつくる」といった形で、根本から対策していくことが重要だ。
時代と共に変化する社会の倫理的要請に沿った行動こそ、真のリスク管理といえよう。
著者プロフィール・新田龍(にったりょう)
働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役
早稲田大学卒業後、複数の上場企業で事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所株式会社設立。「労働環境改善による業績および従業員エンゲージメント向上支援」「ビジネスと労務関連のトラブル解決支援」「炎上予防とレピュテーション改善支援」を手掛ける。各種メディアで労働問題、ハラスメント、炎上トラブルについてコメント。厚生労働省ハラスメント対策企画委員。
著書に『ワタミの失敗〜「善意の会社」がブラック企業と呼ばれた構造』(KADOKAWA)、『問題社員の正しい辞めさせ方』(リチェンジ)他多数。最新刊『炎上回避マニュアル』(徳間書店)、最新監修書『令和版 新社会人が本当に知りたいビジネスマナー大全』(KADOKAWA)発売中。
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