「ジョブ型で、賃金が上がる」をどこまで信じていいのか──政府方針に大きな矛盾:労働市場の今とミライ(1/3 ページ)
政府がジョブ型雇用の推進に積極的だ。個人はリスキリングで時代に合ったスキルを身に着け、企業側は求めるスキルを明確にしたジョブ型雇用の導入をすることで、転職を促進、働く人の賃金が上がる仕組みを作っていくことを狙いとしている。しかし、本当にジョブ型を採用することで賃金が上がるのだろうか?
政府が「ジョブ型雇用」の推進に積極的だ。閣議決定された政府の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針2023)に「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」が盛り込まれた。職務給とはいわゆるジョブ型賃金だ。
岸田文雄首相も「メンバーシップに基づく年功的な職能給の仕組みを、ジョブ型の職務給中心のシステムに見直す」と発言している。
なぜ、職務給の導入が必要なのか。
岸田首相が議長を務める政府の「新しい資本主義実現会議」が打ち出した「三位一体の労働市場改革の指針」(5月16日)では、その狙いについて「リスキリングによる能力向上支援、個々の企業の実態に応じた職務給の導入、成長分野への労働移動の円滑化、三位一体の労働市場改革を行い、客観性、透明性、公平性が確保される雇用システムへの転換を図ることが急務である。これにより、構造的に賃金が上昇する仕組みを作っていく」と述べている。
つまり、個人に対しては、時代が求めるスキルを修得するリスキリング(学び直し)を支援し、企業に対しては、求めるスキルを明確にした職務給の導入を促す。個人が学んだスキルと企業が求める職務をマッチングさせることで転職を促進する。これにより、賃金が上がる仕組みを作っていくことに狙いがある。
就活生にも人気のジョブ型だが……本当に賃金は上がるのか?
一般にジョブ型雇用とは、職務に必要なスキルや資格など定義した職務記述書(ジョブディスクリプション)に基づいて採用し、雇用契約を結ぶ。賃金も担当するジョブで決定し、基本的に人事異動や昇進・昇格の概念がない。会社の都合で職務の変更や配属先の異動・転勤を行う場合は本人の同意を必要とするなど、会社の人事権を大幅に制限する。
また、採用も新卒・中途に関係なく、必要な職務スキルを持つ人をその都度採用する。ノースキルの学生をポテンシャル(潜在能力)だけで卒業と同時に新卒を大量に採用し、入社後も会社が強大な人事権を持ち、命令一つでさまざまな職場や職種に異動させる日本のいわゆるメンバーシップ型とは違う。
就活生の間でもジョブ型が人気だ。
学情が2025年3月卒業(修了)予定の大学生・大学院生を対象に実施した調査(23年5月12日)によると、ジョブ型採用に興味があると回答した学生は44.6%。「どちらかといえば興味がある」と答えた学生を含めると81.4%に上る。
理由としては「仕事内容が明確だと、希望するキャリアを築けるかイメージがしやすい」「ジョブ型のほうが専門性を磨けると思う」などの声が挙がっている。
三位一体改革の指針でも、職務給導入の推進策として以下の政策を掲げている。
(1) 年内に、職務給(ジョブ型人事)の日本企業の人材確保の上での目的、ジョブの整理・括り方、これらに基づく人材の配置・育成・評価方法、ポスティング制度、リスキリングの方法、従業員のパフォーマンス改善計画(PIP)、賃金制度、労働条件変更と現行法制・判例との関係、休暇制度などについての事例集を取りまとめて示す。
(2) 給与制度・雇用制度の考え方、状況を資本市場や労働市場に対して情報開示を進める。
(3) 企業の有価証券報告書や統合報告書等の参考となる「人的資本可視化指針」を本指針の内容を踏まえ、改訂する。
いずれも導入の方向に企業を誘導しようとする施策であるが、もちろんジョブ型採用やジョブ型賃金(職務給)の導入は個々の企業に委ねられる。
ただ、政府が積極的に推進する職務給の導入が進めば、労働移動が促進され、本当に賃金が上昇するのかについては大きな疑問がある。
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