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「祈る行為に税金はかけられない」――延暦寺から学ぶ、宗教とキャッシュレス化の難しさ拝観料DX

2019年6月、宗教とデジタルの複雑性について考えさせられる出来事があった。約1000の寺院が加盟する京都仏教会が、拝観料などを電子マネーやクレジットカードで支払う「キャッシュレス化」に反対する声明文を出したのだ。他方で、比叡山延暦寺はキャッシュレス化を進めている。そこに取り組む理由とは何か。

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 2019年6月、宗教とデジタルの複雑性について考えさせられる出来事があった。約1000の寺院が加盟する京都仏教会が、拝観料などを電子マネーやクレジットカードで支払う「キャッシュレス化」に反対する声明文を出したのだ。

 その理由はいくつかある。参拝客や信者などの個人情報が第三者に把握されてしまう、(システム業者への)手数料の発生によって収益事業と見なされ、宗教課税を招く恐れがある、など。このようなセンセーショナルな動きもあって、全国的に見てもまだまだ神社仏閣でのキャッシュレス化は道半ばのように思われる。

 他方で、前回の記事で見たように、比叡山延暦寺はキャッシュレス化を進めている。そこに取り組む理由とは何か。


天台宗総本山の比叡山延暦寺(筆者撮影、以下同)

祈るという行為に税金はかからない

 本題に入る前に、キャッシュレス化の問題を理解するには、宗教法人と税金についてある程度知っておく必要がある。

 国税庁が発行する「宗教法人の税務」によると、拝観料やお布施、お守り、お札、おみくじなどの販売は非課税、絵はがき、線香、ろうそく、供花などの販売は課税対象となる。消費税は事業として対価を得て行われる取引に発生するためである。

 これに関連して、延暦寺で総務部長を務める小鴨覚俊氏が分かりやすく解説する。

 「お守りは形が袋になっているだけで、収益事業のための物品ではありません。例えば、交通安全の願いを込めて拝んだことに対して一応の値段をつけています。実際には5000円でも、なけなしの50円でもいいのですが、人それぞれというわけにもいかないので、便宜的に500円にしましょうと。祈るという行為について消費税はかかりません」

 お守りや祈祷に対する支払いは、寄付やお布施に当たる。お金に対する執着を喜んで捨てるため「喜捨」とも呼ばれる。これらに通じるものは課税されないが、通常の物品販売には税金がかかる。つまり、祈りという行為に対する対価なのか物品の対価なのかが明確なラインなのである。


販売品によって課税、非課税に分かれる。朱印帳は消費税がかかる

 宗教界でキャッシュレス化に反対する意見があるのは、冒頭で触れたように、個人情報の保護や課税などが理由であるが、それ以上に信仰する人々の気持ちを踏みにじることになりかねないのが大きな原因ではと小鴨氏はいう。

 例えば、1万円の祈祷料をクレジットカードで支払った場合、寺院に納められるべき1万円のうちの数パーセントが業者に手数料として支払われる。信仰心で寺にお布施をしたのに、その一部が業者に流れるのはおかしいというわけである。

 「祈りや信仰という人間の『気持ち』は商品ではないのです。だから手数料が発生しないよう、現金決済にこだわっている寺社は多い。参拝者の心を汚すことにつながると」(小鴨氏)

キャッシュレス化は利便性のため

 では、延暦寺はなぜ拝観料などをキャッシュレス対応にしたのだろうか。それは参拝者の利便性の重視に尽きる。

 「いろいろな意見はありましたけど、われわれの都合よりも、お参りに来られる方々の利便性向上を最優先するためです。そういった考えでクレジットカードや電子チケットなどの導入を押し切りました」

 ただし、延暦寺でも賽銭(さいせん)やお守りは現金支払いに限っている。その場合、厄介なのは、キャッシュレスと現金が混在し、授与所でのやりとりが煩雑になっていることだ。

 「例えば、お堂で御朱印と線香を電子マネーで支払おうとする人に対して、いちいち御朱印だけは現金でお願いしますと説明しなくてはなりません。結局財布を出してもらうことになるのです」

 参拝客の利便性向上のためにキャッシュレス決済を導入したのに、この点については逆に不便になっている。ここは今後も改善の余地があるとしている。

お坊さんの仕事と労働基準法

 もう一つ、これは必ずしもデジタルだけに関係する話ではないが、寺院の運営において独自の悩みがあるという。それは労務管理の問題だ。小鴨氏は自らの勤務形態を例に説明する。

 「延暦寺の一般職員さんはきちんと業務に従事していただいているのですが、お坊さんは法要などのために業務を離れることも多い。受け持ちの部所の仕事以外に延暦寺のお坊さんとしての勤めもあるのです。これは通常業務とはまったく別。別だけれどもお仕事なんです。こういう曖昧なものがたくさんあるわけです」


延暦寺 総務部長の小鴨覚俊氏

 小鴨氏は続ける。

 「お坊さんたるもの、受け持ちのお堂に出勤してまずは境内やお堂のお掃除をする。それを勤務だ、業務だのと言うんじゃない。僧侶として当たり前のことだと。しかしながら、労働基準法の観点からいうと、『いやいや、お坊さんでも一般職員でも、ちゃんと勤務時間内で働いてください。それ以上は超過勤務の申請をしてください』となる。そういった部分が曖昧になっているのは良くないということで、勤怠管理システムを導入しました。延暦寺では僧侶と一般職員とで200人ほどが働いていますが、労働基準監督署からすれば、お坊さんも従業員の一人だからきちんと管理してくださいよと。この意思決定が難しかったですね」

 多少時間が長くなろうとも延暦寺のために働いている僧侶たちは「延暦寺に奉職しているのだ」という意識を持っている。一方で、労働時間を管理する総務部の立場では、サービス残業はダメだと言わざるを得ない。板挟みにあったわけだが、結果的には、23年春に勤怠管理システムを入れて、しっかり管理する方向性に進んだ。「何よりもまずはお坊さんから働き方改革を実践していきたい」と小鴨氏は力を込める。

 宗教者の活動は労働とは違うため、一般企業の論理とは合わない部分もある。それでも現代社会の常識に則した改革を進めているのは好印象である。また、日本の寺社を代表する延暦寺が率先して取り組むことは社会的なインパクトが強く、その他の神社仏閣に波及することも期待できる。引き続き注視していきたい。

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