トヨタの凄さと嫌われる理由:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/5 ページ)
トヨタ車は、信頼性が高く実用的で、社会適合性が高く、かつオーナーの欲望がむき出しにならないクルマだ。だから役に立たないスポーツカー選びではなく、現実に取材のアシとして、あるいは別の趣味としての自転車を積んで出かけようという話になった場合、トヨタの製品は俄然候補に上がってくるわけだ。
「もっといいクルマ」とは何か
そういう性質は今に始まったことではなく、トヨタはずっとそういうブランドだった。けれども質的に全く同じかといえばそこは明らかに変わってきている。一つのキーワードは「もっといいクルマ」だろう。この話は何度も書いてきたので耳にタコができている人もいるかもしれない。しかしトヨタ製品を理解するためには重要なポイントなので、可能な限り簡潔に書いておく。
トヨタは2000年ごろには年産600万台に満たない規模だったが、そこからASEANと中国の発展に伴い大躍進を遂げた。毎年毎年50万台ずつのペースで増産されたトヨタ車は、「作れば売れる」状態だった。客が門前列を成しているわけだから、あとはジャンジャカ作るだけだ。そこに落とし穴があった。
トヨタは作り易さを最優先に置いた。例えばスポット溶接の数を減らす。そういう設計をしたエンジニアが褒(ほ)められて出世する背景ならば、クルマはどうしたってダメになっていく。実際10年前後にデビューしたトヨタ車は、本当にひどいものだった。どうひどかったかは過去の原稿に何度も書いているので割愛するが、そういうやり方に断罪が訪れたのがリーマンショックである。小ロット生産が効かず、製品も良くない。景気が悪ければ売れないクルマばかりになっていたトヨタは、09年の決算で4600億円の赤字に沈んだ。
この状況を受けてトヨタは2つの改革を行なった。まずは製品を良くすること。自分の生産の都合が優先されていたことを反省したわけだ。だからまずユーザーにとって魅力的なクルマを作ろうとした。「もっといいクルマ」を旗印に、定量化によらない、多くの人の多様な価値に寄り添う「もっといいクルマ」で製品の魅力を底上げした。
合わせて、生産台数に依存しない体制を構築した。小ロットでも同じコストで作れるライン。それは生産をフレキシブルにするということである。この製品力向上と、フレキシブルな生産体制への変化こそがTNGAである。
15年にデビューした先代のプリウスから、新世代製品はどんどんラインアップを埋めていった。ここ数年の決算にその結果は現れている。まず単価が上がった。クルマが良くなった分高く売れるようになったのだ。ここも誤解がありそうなのであらかじめ書いておくと、トヨタが常に言っているのは「価格は顧客が決める」ということだ。裏返していえば「トヨタには価格の決定権がない」ともいえる。そして販売台数が伸びた。それはつまり顧客は価格に納得しているということだ。
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