土木建設にタクシー運転手──きつくても「人が集まり辞めない」企業の秘密とは?:働き方の「今」を知る(6/6 ページ)
人手不足が深刻化している。特に土木建設やタクシー業界など「きつい」イメージのある職種では採用に苦心する企業が多い。しかし、そんな中でも人が集まり辞めない会社がある。その背景には、どんな秘密が隠されているのか──?
なぜ、ここまでできるのか? その背景は
「人を大切に」といった類の社是を掲げる会社は数多いが、ここまで徹底して実践できるのは、葵交通の代表者のバックグラウンドも影響していると考えられる。
同社代表取締役の田中秀和氏は、自動車ディーラーの日産東京販売出身。労働組合役員から東京日産労組委員長、連合東京港地区議長を歴任し、人への投資、人を大切にしない会社に未来はないとの考えを抱いてきた人物だ。その後東京日産の人事部長となり、同社の働き方改革や年金改革などを主導。葵交通へ移ってからも、良いサービスを提供するにはまず乗務員を大切にし、彼らが気持ち良く働ける環境を構築すべきとの考えを貫き、取り組みを継続している。
とはいえ、良好な労働環境や乗務員への手厚い保障を維持するためには原資が必要だ。同社では個々の乗務員の売り上げを向上させる支援と、事故や違反などマイナス要因を発生させない取り組み、両軸を並行して徹底している。
まず、売り上げ向上支援策としての教育システムが整っている。6年以上の経験を持ち、売り上げトップクラスの乗務員が教育指導員となり、初乗車から6カ月間にわたり、新人に同乗指導をする。
「信号が変わりそうなら減速して先頭で止まり、信号待ちの客を乗せる」「昼間は新宿・渋谷・世田谷、夜は銀座、深夜は六本木の●●へ行けば多くの客がいる」など、ベテラン乗務員のさまざまなノウハウが新人へと惜しみなく伝授され、組織全体の利益へとつながっていくのだ。実際、同乗指導を1カ月経たことにより、月間の売り上げが約20万円、月収が約10万円以上も増加したケースなどが存在している。
タクシー会社で人件費の次にコスト要因となるのが「事故による損失」、そして「車両代」と「燃料代」だ。コスト圧縮のためには、いかに事故を起こさず、被害を最小限にするかが重要となる。葵交通では速度規制順守、横断歩道前の一時停止といった基本的な徹底はもちろん、乗務記録を細かく管理しており、制限速度を10キロ超えると警告書が出る仕組みを導入。結果として大幅に事故軽減につながっている。
また、毎月行なっている全員研修会で事故や違反のドライブレコーダー映像を上映し、その原因と防止策を全員で共有するなどの取り組みを実施している。その他ドライブレコーダーでの監視や上場グループ企業としての定期監査など、管理体制は徹底している。
その分、売り上げが伸びるほど累進式に収入も増える仕組みとなっており、同社の平均月間給与は本年8月時点で39万円。この12月には平均41万円にまで上昇する見込みとのことだ。入社して数カ月で月額給与40万〜50万円稼ぐ乗務員も増えており、本年7月には単月で82万円の給与を記録した乗務員もいるという。
このような手厚い待遇と良好な労働環境により、人手不足にあえぐ業界の中で同社への応募者は大幅増。さらに定着率も高く、定年以外で退職する人はわずか数人に留まっているのだ。
「人が集まり、辞めない会社」は作れる
ここまでご覧いただいた通り、携帯電話販売、警備(前編参照)、土木建設、タクシーなど、世間一般では不人気と目される業種であっても、経営努力によって高収益を維持できれば、高待遇も実現できるし、良好な労働環境も整備できる。
結果としてそこで働く人や取引先、地域社会から応援される会社となり、口コミで評判は広まり、美辞麗句と華やかな写真に溢れた求人広告の力を頼らなくとも自然に人が集まる会社となり得るのだ。
景気や政治、社会の変化など、自社の芳しくない業績の理由はいくらでも外部に責任転嫁できてしまうが、環境はどの会社も同じだ。今般ご紹介した各企業のように、経営者が腹をくくり、率先して労働環境改善を志すことで開ける道は確実に存在する。
本稿をここまでお読みいただいた読者諸氏も、各々のできる範囲から新たな一歩を踏み出していただき、少しでも業績向上、環境改善が実現することを祈念する。
著者プロフィール・新田龍(にったりょう)
働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役
早稲田大学卒業後、複数の上場企業で事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所株式会社設立。「労働環境改善による業績および従業員エンゲージメント向上支援」「ビジネスと労務関連のトラブル解決支援」「炎上予防とレピュテーション改善支援」を手掛ける。各種メディアで労働問題、ハラスメント、炎上トラブルについてコメント。厚生労働省ハラスメント対策企画委員。
著書に『ワタミの失敗〜「善意の会社」がブラック企業と呼ばれた構造』(KADOKAWA)、『問題社員の正しい辞めさせ方』(リチェンジ)他多数。最新刊『炎上回避マニュアル』(徳間書店)、最新監修書『令和版 新社会人が本当に知りたいビジネスマナー大全』(KADOKAWA)発売中。
11月22日に新刊『「部下の気持ちがわからない」と思ったら読む本』(ハーパーコリンズ・ジャパン)発売。
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