「初任給バブル」の裏にある各社の思惑 給料を上げられない企業はどうなる?:労働市場の今とミライ(2/2 ページ)
ここ数年、大卒の「初任給」が高騰している。各社、どういった狙いから賃上げに踏み切っているのか? また、賃上げする体力がない企業はどうなってしまうのか?
初任給バブルの裏で、各社は「何を」考えているのか?
こうした初任給引き上げ競争の背景にあるのは、人手不足と優秀人材の獲得への危機感だ。
NTTグループは昨年4月、主要会社の大卒初任給を21万9000円から25万円に引き上げた。その理由について、NTTの島田明社長は記者会見で「ICT(情報通信技術)の分野は非常に競争が厳しい。デジタル人材をしっかり確保しなければビジネスにならない。魅力ある会社にする」と、危機感を露わにしていた。実はデジタル人材をはじめとする優秀な人材の獲得において日本企業は外資に出遅れていた。
外資系コンサルティング企業やIT企業は高額な初任給で日本の新卒人材を獲得してきた経緯があり、日本企業が業界横並びの初任給から離脱し始めたのは近年の現象だ。
新卒学生の人気が決して高いとはいえない小売業各社も、危機感を露わにする。大手小売業では24年4月から初任給を25万円にすることを検討している。同社の人事担当者は「初任給を上げれば優秀な学生が集まるとは考えていない。以前の小売業は銀行に比べて初任給は高かったが、それでも銀行は学生から人気だった。現在は銀行も初任給を上げ始めているので、学生が飛びつきたいような初任給を提示しないと見向きもされなくなってしまうのが現実。トップから25万円に引き上げてはどうか、と提案があり、検討している最中だ」と話す。
大卒初任給の変化は、これまで業界横並びの初任給が崩れただけではない。同じ企業でも一律だった初任給も崩れ始めている。
例えば、前出のNTTグループは初任給を引き上げたが、採用時点で専門性が高いと判断した人材の初任給は27万2000円以上にしている。日本を代表する大手企業で、新卒の初任給に差が出ることはこれまであり得なかった。
これについて同社の人事担当者は「これまでは会社が人を選ぶ時代だったが、選ばれる側に大きく変化している。選んでもらうためには初任給も上げるし、高い専門性を持つ人に対しては少し高いところからスタートしましょうということ。入社後も一斉に給与が上がり、昇格していく仕組みではない制度に変えた」と話す。
初任給バブルに乗れない会社も
しかし、初任給引き上げ競争に追従できる企業ばかりではない。引き上げたくても引き上げが難しい中堅・中小企業も多い。
中堅・中小企業に詳しい組織人事コンサルタントは「昨年に続いて初任給の引き上げ機運が高まっていることは理解しているが、同業他社がどうするのか、恐怖に近い感じを抱いている中堅企業の経営者が多い」と実情を話す。
引き上げるにしても初任給だけではすまない。初任給を上げる場合、その上に在籍している20〜30歳前半の社員の賃金も同時に引き上げるなど、補正しないといけない。前出の大手小売業の人事担当者も「もちろん初任給を上げるだけではすまない。上げても、その後ずっと伸びないということではまずい。若手を含めた人件費増は避けられず、賃金制度改革も必要になる」と懸念を示す。
目先の初任給引き上げにとらわれるとも、下手をすれば20代の給与が新入社員と同じ給与になってしまうことになりかねない。実際にそうしたケースもある。東京都内の税理士は「あるベンチャー企業では人材を確保するためにこの数年、初任給を引き上げてきたため若手の給料全体が上昇した。ところがその分、会社にようやく馴染んで戦力となってきた10年目の社員の給料が若手の給料と同じになってしまう問題が発生している」と話す。
中小企業やベンチャー企業の中には能力やスキルの伸長に応じて給与を引き上げる賃金・評価制度が整備されていないところも少なくない。ましてや大企業のように定期昇給制度がない企業も多い。初任給を無理矢理引き上げた結果、在籍社員の不満が噴出し、人材の流出を引き起こす危険性も孕(はら)んでいる。
従来、業界一律、社内一律だった初任給が崩壊したことで初任給格差が今後拡大していくことは間違いない。同時に入社時点の給与格差が広がることになれば、従来ほぼ一律だった20代の賃金にも格差が発生し、今後、社員間の賃金格差が一層拡大していくことになるだろう。
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