「投資家が求める開示」は変化 “期待の集まる人的資本開示”2つのポイント:投資家ウケする人的資本開示 (2/2 ページ)
人的資本開示に注目が集まっている。ガイドラインが整備されつつあるが「とりあえず、型通りに開示しておこう」という姿勢では投資家からの期待は得られない。2つのポイントを押さえる必要がある。
投資家は「結果の善し悪し」ではなく「変化」を見ている
人への投資は成果が出るまでに時間がかかる。従業員エンゲージメントもしかりで、エンゲージメントを高めるのに時間がかかる上、エンゲージメントが高くなったからといってすぐに投資指標が高くなるわけではない。
人的資本投資は短期的に捉えるのではなく、長期的に向き合い続けることで投資指標にポジティブな影響が表れてくると認識しておくべきだ。ROEにしても、通常は3年、5年、10年といった中長期で目標が設定される。同じように、人的資本指標も長期スパンで目標設定をすべきだろう。
人的資本開示は、理想的な結果ではなかったとしても開示し続けることが重要だ。「今年はROEが低いので出さない」ということがあり得ないのと同じように、人的資本指標が低いからといって開示しないのはナンセンスだ。どんな時も開示し続けることで、人的資本に向き合っている姿勢がポジティブな評価につながる。つまり、長期的に人的資本に向き合い続けることが重要だ。
投資家が求める「プレ財務」としての人的資本開示 2つのポイント
非財務は「財務に非ず」と書くが、最近は「非財務=プレ財務(やがて財務に変わるもの)」という考え方が主流になっており、投資家も「プレ財務の財務化」を求めている。「どれだけ非財務に投資したら、どのくらい将来の財務にインパクトするのか」を開示できると理想的だ。
非財務に投資したことによる効果を定量化するのは非常に難しいが、ロジックツリーなどによる開示事例も少しずつ増えてきている。「この人的資本指標は、このくらい未来の稼ぐ力に転換されると予測される」ということを、エビデンスとともに開示できることが望ましい。
「本当に未来の価値につながるのか」「本当に実現できるのか」と疑問を持つ投資家の納得や共感を得るためには、「一貫性」と「実効性」という2つのポイントを意識して人的資本開示をすることが重要になる。
(1)一貫性:本当に未来の価値につながるのか?
大前提として、企業は「社会の公器として何を実現するのか」を明らかにしなければいけない。それを実現するために、企業が優先して取り組むべき重要課題を「マテリアリティー」と呼ぶ。
人的資本経営に関する議論では、「人材版伊藤レポート」でも提言されているように「経営戦略と人材戦略の連動が大事だ」と言われる。具体的には、「マテリアリティーに対応するこの事業を推進するためにはこういう人材が必要だから、このような採用計画や育成計画、人事制度や職場風土が必要だ」というように、採用・育成・制度・風土などが一貫して設計されている状態である。
要するに、型通りに指標を開示して終わりではなく、自社の人的資本がいかにして未来の価値向上につながっていくのかということを、一貫性をもって伝えることが重要だ。
「そんなにきれいに開示はできない」という声が聞こえることもあるが、重要なことは投資家には「説明しなければ伝わらない」ということだ。事業環境や経営方針の変化によってマテリアリティーの見直しをすることもあるだろうが、どんな変化があるのか、なかったのか、継続的に開示し、必要に応じて対話をすることが重要だ。
「ルールだからとりあえず開示しておかなくては」と考えていては、一貫性に欠けた人的資本開示になってしまう。一貫性のない人的資本開示は、「どんなポリシーの会社なのか」が見えにくくなる。未来の稼ぐ力が伝わらないことは機会喪失であり、非常にもったいない。
(2)実効性:本当に実現できるのか?
実効性とは「その目標を本当に実現できるのか」を示す度合いのことだ。実効性を高めるためには経営の推進力が不可欠であり、「経営がどのくらいの本気度で人的資本に向き合っているのか」というトップや経営ボードのコミットメントが重要になる。
ただ、トップのコミットメントはトップメッセージなどで表現できるが、経営ボードのコミットメントは見えにくいのが現状だ。スキルマトリックスなどで経営ボードの「Can」を表現している企業は多いが、「Will」を表現している企業は少ない。経営ボードが「どのくらいのコミットメントで事業に向き合っているのか」を伺い知ることができる何らかのコンテンツを持っていると、投資家の信頼につながりやすくなるだろう。
もちろん、経営のコミットメントだけで実効性を担保することはできない。目標達成に向かって実際に戦略を実行するのは現場であり、経営が描いた戦略を実行できるかどうかは現場にかかっている。それゆえ、実効性を伝えるためには、エンゲージメントの向上を図る取り組みやデータを示すことは有効な一手である。
前述の通り、エンゲージメントは長期的に向き合い続けることで高い状態を維持できるようになるものだ。エンゲージメントを高めるために、現状や目標の定量化、そして方針・施策の実行状況など、長期視点での取り組みを開示できれば実効性の高さが伝わりやすくなるだろう。
まとめ
人的資本を開示することは、企業がステークホルダーに「未来の価値」を伝える行為だと言える。一貫性と実効性を意識することで納得感の高い人的資本開示ができ、投資家の期待を集めやすくなるだろう。後編では、一貫性と実効性という2つのポイントを押さえて人的資本開示をしている企業の事例を紹介する。
著者プロフィール
白藤大仁 株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズ代表取締役社長
2006年、株式会社リンクアンドモチベーション入社。19年、株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズの代表取締役社長に就任。「オンリーワンの、IRを。」をメインメッセージとし、企業のオンリーワン性を導き出すことで、IR活動や経営活動を支援する事業を展開。プライム企業を中心に、統合報告書の制作や決算説明会の配信支援など、IR領域で幅広いソリューションを提供している。23年より、特定非営利活動法人 日本IRプランナーズ協会 理事。 投資家との対談やメディアでの解説実績多数。
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