スタートアップへの“無担保融資”が最大7200万円に 巻き起こる「VC不要論」は妥当か:古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(1/2 ページ)
無担保、無保証で最大7200万円を調達できるようになる──。日本政策金融公庫が4月1日に発表した創業融資制度の拡張は、SNSでも大きな話題となり、「シード期のVCは不要ではないか」という意見も見られた。本当に不要になるのだろうか?
無担保、無保証で最大7200万円を調達できるようになる──。
岸田政権下で閣議決定された「スタートアップ育成5か年計画」の動きが本格化している。中でも、日本政策金融公庫が4月1日に発表した創業融資制度の拡張は、SNSでも大きな話題となった。
日本政策金融公庫は、新規創業の際に無担保・無保証の融資を提供することで知られており、さまざまなスタートアップや新規起業家に向けたリスクの低い融資制度を提供している。新たに発表された拡張のポイントは、これまで最大3000万円の枠であった「新規開業資金」または「創業後税務申告を2期終えていない者」向けの融資限度額を最大7200万円まで倍増させたことだ。
また、自己資金要件も撤廃され、融資額の10分の1以上のいわゆる“頭金”を用意することも必須要件ではなくなった。通常、7200万円もの金額を株式によって調達するためには、潜在的な時価総額が3億円から7億円以上必要だ。また、起業後まもないシード期の資金調達は、連続起業家や著名人でない限り、通常5000万円以内で収まるケースが多いため、文字通り十二分な資金調達が可能とも考えられる。
そんな規模感の融資を「無担保・無保証・持ち株比率の希薄化なし」で貸してくれるとしたら「創業時の資金調達は日本政策金融公庫 一択」という状況になるといっても過言ではないだろう。ちまたでも、創業期に投資を行う「シード期のベンチャーキャピタル(VC)は不要ではないか」という意見も見られるほどだった。
「VC不要論」は現実化するのか
企業価値の乏しい創業期に一定の株式を放出する「エクイティファイナンス」については返済が不要な形式の資金調達であり、創業者のリスクを軽減する上で有望な資金提供者となりうる。しかし、例えば時価総額5000万円で10%(500万円)の資金調達を行ったとして、その会社がそのまま時価総額100億円まで成長すれば、VCに渡した10%の株式は10億円の価値になる。
融資と投資は明確に区別する必要があるものの、考え方によっては、500万円を調達するために創業者が“払った”コストは9億9500万円にもなる。このような考え方を「資本コスト」と呼ぶ。成功確度の高いビジネスほど、エクイティでの調達は経済合理性を損ないやすいと言われるのも、この観点からの指摘である。
それでは、本当にVCは不要となるのだろうか。
シード期のスタートアップにとって、VCからの資金調達は最適解と言えるのかについては、創業融資制度が拡充する前からいわば“永遠のテーマ”としてしきりに議論されてきた。
とするならば、融資限度額の幅が拡大したからといってVCが不要になるわけではないだろう。そもそも、制度上の限度額と、実務上の限度額は異なる。現に限度額が3000万円の時代では、有名人や連続起業家、潤沢な自己資金がある創業者でない限り、事実上1000万円をこえる融資は不可能に近かった。今回、仮に限度額が7200万円に拡充されたとしても、各支店に与えられる裁量や、起業家に付与される与信が限度額に比例して緩和されるとは考えにくい。
従って、限度額の拡大はほとんどの新規創業予定者にとっては無縁の可能性が高く、事実上の限度額も1000万円程度で推移する可能性が高い。そもそも、今回の制度拡充は、ディープテック分野や最新テクノロジーを活用した製造業など、事業化に時間がかかり、資金調達に苦労していた大規模な初期投資が必要なスタートアップを念頭においたものだ。
そう考えると、日本政策金融公庫の融資拡大は、限度額がボトルネックとなって国際競争力を十分に確保できないような企業に対するものであり、誰でも7200万円を超低リスクで調達できるような制度ではないのだ。ただし、自己資金の要件が撤廃されたことから、ミニマムでの起業を目指す起業家にとっても、一定の資金を調達する道は残されている点で、今回の制度拡充の意義は決して小さくないと考えられる。
また、シード期のVCは、日本政策金融公庫が提供する資金提供にとどまらず、経営戦略の策定、国内外のネットワーク構築、後続の資金調達ラウンドへの導入など、多方面でスタートアップを支援する。これらの付加価値は、単に資金を調達するだけでは得られない成長のブースト要因だ。
そのように考えると「VCがなくなることはないが、お金だけを出すような付加価値の乏しいVCは淘汰される可能性が高い」という表現の方がより適切だろう。
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