「PayPayのおかげ」? 鹿児島で拡大中「Payどん」の差別化戦略
鹿児島県内で、独自のQR決済「Payどん」の存在感が高まっている。QR決済サービスといえば、大量の資金を投下してキャンペーンを実施し、ユーザー・加盟店ともに拡大していくのが“勝ち筋”のようだが、地方の金融機関にそうした資金力の確保は難しい。何を強みとし、拡大を進めてきたのか。
鹿児島県内で、独自のQR決済「Payどん」の存在感が高まっている。鹿児島銀行が主導し、県内の他3つの金融機関も参画。アプリへのチャージのほか、4行庫の口座から直接支払えるのが特徴だ。
QR決済サービスといえば、大量の資金を投下してキャンペーンを実施し、ユーザー・加盟店ともに拡大していくのが“勝ち筋”のようだが、地方の金融機関にそうした資金力の確保は難しい。何を強みとし、拡大を進めてきたのか。鹿児島銀行の徳留直人氏(経営企画部 デジタル戦略室 調査役)、西出涼平氏(デジタル統括部 地域DX推進グループ)に話を聞いた。
県内4行庫で協業する「Payどん」、その戦略
Payどんのサービス開始は2019年5月。立ち上げ時には、商業施設「よかど鹿児島」内でのみ利用可能だった。同行の新本店ビル内に設けられたこの施設は、現金は利用不可。Payどんを含むQR決済やクレジットカードなどのキャッシュレス決済のみ取り扱う実証実験の場として立ち上がった。テナント企業からは、現金を扱わない分閉店後のレジ締めの時間が短縮されることなど、好意的な声が多かったという。
大手の決済サービスの普及が進む中、事業者を口説くカギは銀行ならではの入金サイクルの速さだ。売上の入金は翌営業日か、月1回、2回の3パターンから選べる。特に小規模事業者には魅力的に映った。
事業者を口説くもう1つのカギは決済手数料だ。当初から一律1.5%としており、今後も引き上げの予定はないと断言する。PayPayが資金を投じて決済手数料を無料として利用店舗を拡大し、サービス開始から3年にあたる2021年10月に1.6%または1.98%に引き上げたのとは対象的な戦略だ。Payどんの1.5%の手数料のうち、0.5%分はユーザーに還元している。200円当たり1ポイントを付与する仕組みだ。
手数料、入金サイクル、そして地方銀行としてのネットワークを生かし、加盟店の開拓については計画を上回っていた一方で、当初のユーザー数は伸び悩んでいた。
大手のQR決済は100億円など多額のポイントバックのキャンペーンを打ち出すことでユーザーへの普及を図ったが、「われわれはそんなに資金力があるわけではありません」(徳留氏)。転機はコロナ禍に訪れた。消費の落ち込みに対応するために自治体が開始した地域振興券目当てのほか、非接触の決済手段への注目の高まりもあり、ユーザー数は右肩上がりで増加。直近では決済額がおよそ6億円で推移するまでに成長した。
大手プレイヤーとの違いは、域内循環を重視している点だ。「鹿児島県内に勤めるユーザーが、県内企業から支払われた給与を、県内の店舗で使う。循環し、それがまた自分の給与になる──という仕組みを作らなければいけないと思ってやってきました」(徳留氏)
そうした差別化もあるため、他のサービスについても敵視しているわけではないという。「PayPayさんが主導し、国内のQRコード決済を普及させていったおかげで、鹿児島のユーザーにも抵抗なく使ってもらえています。その上で(手数料などの)強みを生かしてやっていかなければならないと考えています」
キャッシュレスの波からは逃れられない──県内3つの金融機関と提携
サービス開始から2024年3月までに同社の他、3つの金融機関とも提携。4行庫は県内の預金量の7割を占めており、域内循環は現実化しつつある。
キャッシュレス化の波からは逃れられないと各金融機関が対応を模索する一方で、自前でシステムを作る体力があるプレイヤーは限られる。域内循環を掲げる鹿児島銀行側から提案し、実現に至った。「裏側のシステムや事務フローが各行で異なるので、フロントやバックエンドの担当者と協議しながら1年ほどかけて進めてきました」(西出氏)
県外の金融機関との提携は考えていないのか。「(県外に)資金が移動してしまうのは、やはりポリシーと異なります。どういうふうにやっているのかと問い合わせをいただくことは多いので、技術提供などは考えられるかもしれません」(徳留氏)
2023年12月時点で、月間のアクティブユーザーは4.2万人。2026年末までに7万人への増加を目指す。利用者のデータで特徴的な点は、年齢層の高さだという。ボリュームゾーンは40〜50代だ。
「キャッシュレス決済は若年層に受け入れられるものだと思っていましたが、意外と少ない。40〜60代の方は安心・安全を重視して使っていただいているが、若い方はできるだけ還元率が高いサービスを使われるのではないでしょうか」(徳留氏)
今後の課題はデータ活用と……
県内金融機関との連携を進めるほか、行政サービスとの連携にも意欲を見せる。子育て応援事業の一環として、従来は米などの現物を配っていたところ、Payどん上のポイント商品券にした例もある。現時点では非公表だが、商品券以外の事業も準備中だという。
各自治体とは、データ活用においても連携している。「取得できないデータは『何を買ったか』だけ」(徳留氏)と言い、利用店舗や額、頻度、利用者の年齢などのデータを匿名加工して自治体に提供。コロナ禍の商品券事業などをより効果的に運用するため役立てられてきた。
一方で、課題はデータ活用を通じた事業者のマーケティング支援だ。事業者はすでにPOSデータを取得しており、さらなる活用は望みづらい。「他社でも課題のようですが、われわれも答えを持ち合わせていない問題です。事業者と対話しながら、アイデアを形にしていきたいと考えています」(徳留氏)
実は、課題はデータ活用のみではない。サービスの認知度が高まるにつれ、ネーミングに関する問題が生じているという。
Payどんの名前は、多くの競合サービスが社名に関連したサービス名とする中、「鹿児島といえば、やはり西郷どん」ということで付けられた。現在では他の金融機関とも提携しているため「銀行の名前を冠さず正解だった」(徳留氏)と振り返る。しかし、その裏で不遇な扱いを受けているのが、同行のマスコットキャラクター「しろどん」だ。
「このキャラクターの名前もPayどんだと思われてしまっているんですよね。子どもがしろどんのぬいぐるみを指して『Payどんだ!』と。私の子どもも間違えています」(徳留氏)
Payどんだけでなく、しろどんの名前も県内に轟かせてほしい。
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