米政府が中国EVに100%課税する意味:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/4 ページ)
米政府は中国製のEVにかけられていた25%の関税を、なんと100%に引き上げると発表した。米政府は世界の貿易から、ならず者でルールを守らない中国を除外し、中国なき世界貿易を目指そうとしている。
米国の対中経済制裁
米政府は、中国に対して基本的に3つの理由を掲げて対中経済制裁を実施している。
- (1)中国市場の相互的かつ互恵的な開放の不履行
- (2)強制的な技術移転、技術の窃盗、知的財産権の侵害を伴う、国際的な知財慣習を順守しない技術移転
- (3)WTOのルールに則った多国間貿易体制の不履行
自動車産業でいえば、(1)について、中国は原則的に自動車や自動車部品の輸入を開放していないにもかかわらず、非相互的に他国にそれらの輸出を行っている。
(2)については、中国は中国国内で自動車を販売するに際して、中国国内での生産を義務付け、クルマを作るに際しては、現地法人に株式の過半の保持を義務付けた合弁会社の設立を実質的に強制している。
2021年にはこれを廃止すると発表したが、100%外資の自動車メーカーは現時点でテスラのみとなっている。またこれらの会社には取締役会に強く関与する形で社内共産党委員会が置かれ、実質的に意思決定の最上位機関となっている。
余談だが、そもそも中国では共産党は憲法より上位にある。憲法の序章において「国家は中国共産党の指導を仰ぐ」と明記されている。驚くべきことに、正規軍である人民解放軍も国の軍隊ではなく共産党の政党軍隊である。要するに、共産党が全ての上に位置する国家構造なので、外資企業は、合弁会社を設立した時点で、共産党傘下に位置付けられてしまう。命令があれば、企業のあらゆる情報を共産党に提出することを義務付けた法律もある。当然、外資企業のあらゆる技術情報は筒抜け状態であり、まさに強制的な技術移転や技術の窃盗、知的財産権の侵害が行われている。
(3) についてはこれまで述べてきた通り、WTOの一括受諾の対象である附属書を公然と23年間無視し続け、他の加盟国による最恵国待遇の地位を非対称かつ一方的に享受しつづけてきたわけである。
ちなみに、これは筆者の私論ではなく、米国上下院で何度も繰り返された議決において、毎回ほぼ全会一致をみた見解である。もちろん米国は、トランプ大統領時代からこれまで、中国政府に対して何度も修正を求めてきたのだが、そのほとんどは無視され、または空約束に終わった。それはつまり第二次大戦の反省に立脚した、国家間紛争の排除のために共同自重を取り決めたルールにひたすらフリーライドして搾取し、その理念を踏み躙(にじ)ってきたことを意味する。
「悪貨は良貨を駆逐する」の言葉の通り、中国の徹底したフリーライドによって、米国はこれ以上WTOの精神に則った平和主義的貿易ルールを順守し得なくなり、結果として100%関税という明確な保護主義に舵(かじ)を切ったのである。自由貿易の保護者であり警察であった米国が、これだけ極端な保護主義に走らざるを得ないことは、本来異常事態というべきだろう。悪い冗談だが、これに対し、中国政府は「米国はWTOのルールを守るべきだ」と反論している。
わが国でも、中国製BEVの価格の安さを讃(たた)えるような報道が頻繁に見られるが、少数民族の強制労働や、疑惑の多い補助金、知財や技術の窃盗、自由経済諸国のメーカーからの人材の引き抜きなど、先進国の企業であれば、コンプライアンス上許されない手段が平然と行われている。
余談ではあるが、日本企業から人材が引き抜かれるのは、安い給与のせいだという見方がある。10倍の給与を提示されれば移籍するのは当然だとよくいわれる。ただし、そこで考えるべきは、日本の企業は、毎年何百人というエンジニアを長い年月をかけて教育・養成しているという点だ。
その中で成功した優秀な人材を10倍程度の給与で引き抜くのであれば、それは日本企業が支払った人件費と教育費に比べれば圧倒的に安い。実りだけをつまみ食いするというこういう手法がまかり通るのであれば、誰も教育にコストをかけなくなる。そうなれば、やがて彼らはつまみ食いすべき人材がいなくなる。寄生生物は宿主を殺せば死ぬ。それは摂理である。本当にそれでいいのだろうか。
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