米政府が中国EVに100%課税する意味:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
米政府は中国製のEVにかけられていた25%の関税を、なんと100%に引き上げると発表した。米政府は世界の貿易から、ならず者でルールを守らない中国を除外し、中国なき世界貿易を目指そうとしている。
戦争か保護主義貿易か
さて、最後に俯瞰(ふかん)的にこの一連の流れをまとめてこの稿を締めよう。今世界は大きく2種類の国家に分かれようとしている。先進的な民主主義国家ではコンプライアンスは極めて重要な社会との契約であり、より良い社会を作っていくための指針でもあるので、これを守らない企業は厳しく批判され、淘汰される。
しかし権威主義国家では、そもそもコンプライアンスが重視されない。コンプライアンスは人権あってのものなので、そもそも人権意識が曖昧な権威主義国家ではコンプライアンスは機能しにくい。しかも、国家間の競争に勝つためならばコンプライアンス違反は国ぐるみで隠蔽され、問題化されない構造になっている。
企業にとってのコンプライアンスそのものの重みが全く異なる企業間では公正な競争は行えない。環境破壊を物ともせず、強制労働を平然と用い、競合先の知財や技術を国ぐるみで剽窃(ひょうせつ)し続ける企業を相手に、先進国の企業では競争が成立しない。
主権国家にルール順守を強制する方法は戦争しかない。だがそもそも国際貿易ルールは、戦争という悲劇を回避するために制定されたものである。となれば、権威主義国家を国際的商取引の枠組みから排除するより方法がない。今のところその排除は中国が重点項目と定める品目に限られているが、この先いったいどこまで拡大するかはまだ分からない。
本来は、人類の叡智によって作られた平和のためのルールを彼ら自身が順守して発展すべきなのだが、そうした世界を実現するために繰り返し与えられてきた警告を無視し続ける以上、自国の経済を守るためには、苦渋の決断として、WTOのルールを先進国が自ら破る100%関税に至るのも理解できるのである。
さて、日本政府は果たしてどうするのだろうか。まさに今日(5月20日)、日本の経産省から、モビリティDX戦略が発表されるらしいが、米国ほどの覚悟で国を守るプランがその戦略に盛り込まれているのだろうか。技術レベルの競争の話に終始しても何も生まれない。戦いの構造の本質を直視すれば、本当に必要なのは、コンプライアンスの守り損を起こさないための枠組みづくりそのものだと思うのだ。
プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
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