育休社員の「同僚に最大10万円」──三井住友海上、話題の制度がもたらした“想定外の効果”
育児休暇を取得した社員の同僚に対し、最大で10万円を支給する──三井住友海上が打ち出したユニークな人事施策が、大きな話題を呼んだのは2023年10月のこと。育休社員ではなく、フォローする同僚にフォーカスするこの施策を、実際に運用してみてどのようなことが分かったのだろうか?
育児休暇を取得した社員の同僚に対し、最大で10万円を支給する──三井住友海上が打ち出したユニークな人事施策が、大きな話題を呼んだのは2023年10月のこと。
この手当は、職場全体で育児を支援する風土を醸成することを狙って作られた。育休を取る社員が在籍する職場のメンバー全員に対し、一律で支給する。
社会全体で仕事とプライベートの両立が推進される中、育児や介護などの事情を抱えた社員本人だけでなく、その同僚の負担がクローズアップされる機会は増えてきた。そんな中で発表された同制度は、社内外から反響を呼んだ。おおむね好評だった一方で「ここだけが残念」と指摘されたポイントもある。またスタートしてからは、想定外の効果も生じた。
育休社員ではなく、フォローする同僚にフォーカスするこの施策を、実際に運用してみてどのようなことが分かったのだろうか?
運用してみて分かった、想定外の効果
大きな話題となった同制度。しかし、同時に「育休で抜ける人の代替要員がいないから、代わりの策にすぎないのではないか」との憶測も呼んだようだ。
「そういう位置付けでは全くありません」と同社人事部の柴山佳瑶子氏は否定する。制度の開始前から、各組織に必要な人数の目安を設定しており、社員が産育休に入った時には1人減少として人事異動で対応している。
支給額は大きく2つのファクターで決まる。「育休の取得期間」と「職場の人数」だ。具体的な算出方法は開示できないとしつつも、「期間は3カ月、人数は13人が1つの基準になっている」と明かしてくれた。人数については、部門の中央値が13人であることから決定した。人数が少ない部署に、より多く支給する意図だ。
期間に関する基準は、実は制度の公表後に社会の意見を踏まえて設けたものだ。手当が大きくニュースになり、おおむね好意的に受け止められたものの、「ここだけが残念」と言われてしまうポイントが1つだけあった。当初は支給額を、育休を取得する本人の性別によって分けていたのだ。
「性別で分けることに意味はあるのか」といった意見が相次いで寄せられたため、性別ではなく期間に改めた。現在、同社の女性社員は産休・育休を合わせて1年ほど取るケースが大半だというが、男性の場合は平均37日。1年など長期で取得するケースはまだまれだという。この取得日数を段階的に延ばしていくため、3カ月以上の取得で同僚に支給される手当が増える仕組みとしている。
「少子化という社会課題に対し、当社として何かできることはないか」。もともとは、経営からのこんなリクエストがきっかけで生まれた制度だ。当初は、子どもが生まれた人に支援金を支給するなどのアイデアが出ていたというが、「子育てをする人と、支える職場の同僚の溝を埋め、子どもの誕生をお祝いするための施策を作ろう」と、同僚に支給する形に落ち着いた。
制度のスタートから約1年。実際の運用状況はどのようなものなのか。
「2024年4月末までに450件の育休取得があり、470拠点の8900人に対して手当を給付しました。
実際に私も受け取ったことがあります。育休の取得期間が約1年間で、職場の15人で一律7万円を受け取りました。支給を受けた社員からは『意外と(たくさん)もらえた』という声も多いです」(柴山氏)
三井住友海上人事部 企画チーム 課長代理の柴山佳瑶子氏(左)と棚橋真里氏(右)/同社では原則的にリモートワークは週1回以上としているが、棚橋氏は遠方からフルリモートで本社勤務をしている。棚橋氏の事例をもとに、今後フルリモート勤務を拡大する計画だという。
社員へのアンケートでは、手当の支給をきっかけに「自分自身のワークライフバランスの意識が高まった」とした人が46%に上った。これから出産や育児を視野に入れている若い世代にとっては、身近な同僚が子どもの誕生という大きなライフイベント迎えていることを改めて意識するきっかけになったようだ。それだけでなく、「生活で経験したことを仕事に生かしていくという機運が高まった」(棚橋氏)、「『会社は仕事以外の、プライベートの自分も尊重してくれている』という意識が広まったのでは」(柴山氏)と、社内の風土にも変化が生じている様子だ。
また、引き継ぎなどを通じて「職場全体の業務の見直しにつながった」という意見も3割程度見られたという。育休に限らず欠員が出た際、残った人員でどのようにカバーしていくべきなのかは問題になりやすい。職場の全員に一律手当が支給されることで、育休取得者の業務を「一部に偏ることなく分担しよう」という意識が生まれやすくなった可能性がある。
社員のウェルビーイング意識の向上や、職場における業務のサポート体制にも変化が出てきているようで、手当の効果は大きい様子。一方で、数万円を8900人に対して支給する……となると、原資をどのように用意したのかも気になるところだが「何か他の予算を削減して設けたというわけではなく、エンゲージメント向上のための予算から出している」(柴山氏)とのことだ。
「長時間労働から、スキル評価に」 人事制度改革も控える
大きな話題を呼んだ育休職場手当の発表から約1年後、同社は新たな取り組みを発表している。プレスリリースのタイトルは「『定時(17時)退社』を経営目標へ 」。現在の具体的な残業時間は非開示だが、これまで掲げてきた「19時退社」も十分に浸透したとは言いがたい状態だった。
「正直なところ、難しい目標だとは思いますが、各職場の意見を聞いて具体的にできることを考えている段階です。まずは業務のムダの削減から始めています」(柴山氏)
2025年には、人事制度の改革も控える。
「これまでは労働時間が長い人が評価されがちな面がありましたが、スキル重視に転換します。
育児や介護をしている人は、早めに帰らなければいけないケースが多いですが、定時退社が基本になれば、そうでない社員との差を埋められると考えています。皆が同じ時間の枠の中で働き、スキルで評価されるように変えていきます」(柴山氏)
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