「育休はなくす、その代わり……」 子なし社員への「不公平対策」が生んだ、予想外の結果:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)
出生率が過去最低となり、東京都ではついに「1」を下回ったことが大きく話題になっています。結婚や出産を希望する人が、安心してその未来を選べるようにするために、企業ができることは何か。「育児休暇をあえてなくした企業」の事例をもとに、社員を疲弊させない経営戦略について考えます。
メンタル不調の社員が増え「このままでは会社はつぶれてしまう」
F社は、非正規雇用の正社員転換を積極的に進めたり、“隠れ介護問題”などにも早くから取り組んだりと「一人一人の社員に向き合う経営」を心掛けてきた企業です。
ところが、リーマンショック以降、企業を取り巻く環境が激変し、メンタルの調子をくずす社員が急増。その中には役員も含まれていました。
「このままでは会社はつぶれてしまう」――。危機感に抱いたトップは「まずは休もう!」を合言葉に、長時間労働の削減や有給休暇の消化率の向上などさまざま休む努力を重ねました。そして「目の前の女性社員を絶対に失いたくない!」という強い思いから「全ての社員が休む権利」を実現したのです。
全ての社員が、1年6カ月「休む権利」を得た企業――どうなった?
国が定めた育児休暇や介護休暇は経過措置として使いつつも、全ての社員が勤続年数による制限はあるものの最長で1年6カ月休める権利を持てるようにしました。F社版「サバティカル休暇」です。
その結果、誰かがいなくても「お互いさま」が当たり前になり、育児と仕事の両立に苦労するワーキングマザーたちへの厳しいまなざしはなくなり、社員みんなで子育てする雰囲気が出てきたそうです。また、若手の離職率も下がったとか。「これは意外でした!」と役員たちはいい笑顔を見せてくれました。
仕事以外の経験が、仕事の生産性を高め、個人の能力を開発する格好の機会になっている場面に私はこれまで何度も遭遇してきましたが、F社も例外ではありませんでした。育児を経験した人は、女性であれ、男性であれ、その経験をした人でしか得られない視点とスキルを身につけます。それは留学をした場合であれ、読書ざんまいの日々を送った人であれ、遊びまくった人であれ、同じです。
かつて米国の教育学者、ドナルド・E・スーパーが「キャリアとは人生のある年齢や場面のさまざまな役割の組み合わせ」で、「家庭や社会におけるさまざまな役割の経験を積んでいくことがキャリアである」と定義したように、会社員としての役割とは違う、“役割”を一年間経験することは、必ずや仕事にもプラスの影響をもたらします。
その経験を生かせるような社会や会社にすること。それこそが真に豊かな社会であり、選ばれる会社なのです。
だって、私たちは「幸せになるために働いている」。仕事のために人生があるわけじゃない。人生の一部に仕事があるだけなのですから。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。
2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。
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