農林中金が「外国債券を“今”損切りする」理由 1.5兆円の巨額赤字を抱えてまで、なぜ?:古田拓也「今さら聞けないお金とビジネス」(2/2 ページ)
農林中央金庫は、2024年度中に含み損のある外国債券を約10兆円分、売却すると明らかにした。債券を満期まで保有すれば損失は回避できるのに、なぜ今売却するのか。
バーゼル規制による売却要請
リーマンショックの教訓を経て規定されたバーゼルIIIと呼ばれる金融規制は、銀行の自己資本比率を強化し、リスク管理を徹底することを目的としている。このため農林中金をはじめとした金融機関は、名目の資産価値だけでなく、時価も加味した自己資本規制比率を維持する必要がある。
これにより、リスクアセットの評価損が自己資本比率を圧迫する可能性がある。特に、金利が上昇し続ける環境下では、債券の含み損が拡大するリスクがあるため、早期に損切りを行い、ポートフォリオのリスクを低減させなければならないのだ。
農林中金はバーゼルIIIにおける国内重要行(D-SIBs)の一つとして指定されている。これは、国内金融システムにおいて重要な役割を果たす銀行として認識されており、その健全性と安定性の担保のため、他行と比較してより大きな自己資本規制比率の充足が求められる。
国際金融規制の下では、「満期まで持てば、含み損は解消される」という言い訳は通用しない。ただし、含み損を実現することによって、再投資の機会がある点を見逃してはならない。
金利が上昇した環境下では、新発債券がより高い利回りを提供するため、これに再投資することは可能だ。例えば、農林中金が含み損を出して現金化した資金を、高金利の新発債券に再投資することで、将来的な収益を増加させることができる。つまり、損切りして新たに高い利回りの債券に投資することで、バーゼルIIIの規制要件を満たした状態で、長期的な投資収益を最大化することも可能なのだ。
ちなみに、ポートフォリオの半分程度を株式で運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、バーゼル規制の影響を直接的には受けない。バーゼル規制は、銀行の自己資本比率やリスク管理の基準を定めた国際的な金融規制であり、主に銀行や金融機関に適用されるものであるからだ。
GPIFは年金資産を運用する独立行政法人であり、銀行ではないため、バーゼル規制の対象外となる。従って、時価変動の大きい株式をポートフォリオに多く組み入れることが可能なのだ。
農林中金は金融機関という枠組みの中で、金利上昇時の戦略として、債券の早期売却を選択したとみられる。
“農林中金ショック”の可能性は低い
農林中金が発表した1.5兆円の損失は大きな額ではあるものの、それが直接的に経済ショックを引き起こす可能性は低いと考えられる。
農林中金の資産規模は市場運用資産だけでも50兆円と非常に大きく、リスクの高い株式などの運用資産が最小限に抑えられている。リーマンショック時を超える1.5兆円の損失計上は大きなインパクトを持つものの、農林中金の総資産に対する割合は相対的に小さい。
株高の局面では、「なぜ農林中金はリスクを取らないのか?」という意見が出るのも仕方ないことかもしれない。しかし、その本質はショック時に資産を大きく毀(き)損しないという点にある。ショックを起こさないためにも、今回の“損切り”はお手本的な事例として理解したい。
筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら
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