好調でも「あえて上場しない」スタートアップが増えている理由:古田拓也「今さら聞けないお金とビジネス」(2/2 ページ)
株式上場は資金調達の手段であると同時に、スタートアップの成功を象徴するイベントであり、存在をアピールする重要な意味を持っている。しかし、近年ではスタートアップが上場を避け、M&Aを通じてイグジット(事業売却)する例も増加している。なぜなのだろうか。
例えば、GENDAグループは独国の小瓶酒「クライナー ファイグリング」の輸入を手掛けるシトラムを、株式交換も組み合わせて20億円程度の評価額で買収したとみられる。
シトラムは従業員がゼロで、大部分を業務委託の関係でビジネスモデルを構築していた。それにもかかわらず、売上高は22億円、営業利益は11億円と、場合によってはグロース上場企業よりも稼いでいる会社であった。
従来のスタートアップ環境をみると、シトラムのような堅実なモデルは時に「大勝ちはできない」とスタートアップ投資の文脈ではそっぽを向かれることも珍しくなかった。その代わりに、創業当初から10年ほどを大赤字で過ごす代わりに売上規模を大きく成長させる「Jカーブ型」のビジネスモデルでIPOを目指すモデルがもてはやされてきた。
しかし、各国がインフレ対策のために政策金利を引き上げると、国債のような低リスク資産でも年率数%で安定的な収益が期待できるようになった。
低リスクで利息がもらえる世界においては、ファンドの資金の出し手としては本当に「J」の形になるか分からないスタートアップに巨額を投じるよりも、すでに黒字の企業を買収して規模を拡大する方が生まれやすいという判断が、経済的インセンティブの観点から生まれやすい状況にある。
デットファイナンスの拡大も後押し
また、日本政策金融公庫がスタートアップ向けの融資枠を従来の最大4000万円から7000万円まで拡大した点も見逃せない。公庫融資は無担保・無保証ではあるものの、融資であることから回収可能な事業計画が求められる。Jカーブ型のモデルで融資を得ることはなかなか難しい。
つまり、足元の資金調達環境は、エクイティ・デットの両面で「Jカーブ」よりも数年で黒字になるようなモデルが期待されている可能性が高いといえる。そして、仮にそのようなモデルが成功したら、必ずしもIPOする必要はない。
IPOの本質はあくまで資金調達だ。資金需要がないのにIPOすることはデメリットも大きい。上場を維持するだけで高額なコストが伴う。それだけでなく法的な手続きや会計監査、投資家向けの情報開示など、さまざまな準備と継続的な負担が発生する。
上場後は四半期ごとに業績を公開する必要があり、短期的な業績に対するプレッシャーが増大する。これにより、企業の長期的なビジョンや戦略が影響を受ける可能性がある。さらに、株主からの圧力により、経営の自由度が制約され、近視眼的な経営計画に陥ることもある。
永谷園や日本KFCホールディングスのように、有名企業が上場を取りやめる例が増えている。上場のデメリットがメリットを上回る企業が出ていることの表れである。
【関連記事】永谷園、スノーピークも上場廃止 好調企業で「上場離れ」が相次ぐワケ
プライベートエクイティファンドやMBOといったエグジットを補助する多様な手段が増加するにつれて、今後も上場企業・非上場企業を問わず「上場離れ」と呼ばれる現象が起きてくるだろう。
特に、これから設立されるスタートアップが上場を避ける傾向は続くと予想される。企業や投資家にとって、上場は一つの選択肢に過ぎず、そこがゴールではない。
重要なのは、企業のビジョンや戦略に最も適した経営形態を選ぶことだ。スタートアップには、自らの強みと市場環境を見極め、最適な成長戦略を追求することが求められる。
筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら
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