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人材不足でも、引きとめは「必ずしも正解ではない」──人事・上司に知ってほしい6つのこと(2/2 ページ)

少子高齢化などによる人材不足や採用難がますます明確になってきました。こうした状況下で今、多くの企業が優秀人材の流出防止に力を入れています。しかし、安易な引きとめはむしろ悲劇を生むケースもあります。リテンションを行う前に、企業が知っておくべきことについて解説します。

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(3)若いときには仕事のミスマッチが必要かもしれない

 最近は「配属ガチャ」という言葉を耳にするようになりました。配属ガチャを避けるために、コース別採用・職種別採用を実施する企業も増えています。

 しかし、コース別採用・職種別採用がリテンションに効果があるとは言いきれないようです。就職みらい研究所が2024年に実施した「就職プロセス調査」によれば、コース別採用や職種別採用に対する考えや感想は、肯定的なコメントと同じくらい、中立的・否定的なコメントも多くありました。

 調査結果をごく簡単にまとめると、若者のキャリア意識が高まり、最初から「これをやりたい」と意志が定まっている学生が増えた一方で「実際の仕事経験を積まないと、自分が何をしたいのか、何に向いているのかが分からない」と考えている学生も相変わらず多いのが現状なのです。

 多くの人は、若手時代にさまざまな業務に就いてみて、自分の好き嫌いや向き不向きを見極める期間を必要としています。経験して初めて「この仕事は自分に合っていない」「実はあまり好きではない」と分かることもあるでしょう。

 その意味では、20代にはむしろ仕事のミスマッチが必要なのかもしれません。また、働く上では「面白くない仕事をいかに面白くするか」という技術も大事です。この能力もいろいろな経験を積むうちに身につくものです。会社に求められるのは、若手社員が自ら手を挙げて異動できるチャンスを多様に用意することです。

(4)「キャリア自律」がリテンションの基盤となる

 現代企業がリテンションを考える上で最も重視すべきなのは「キャリア自律」です。

 キャリア自律とは、一人一人が自らのキャリアを自分で考え、形成していくことを指します。VUCA時代が到来し、会社や仕事が突然消えてなくなる可能性が出てきました。その一方で、職業人生はどんどん長くなっています。さらに働き方に関する価値観も多様化が進み、仕事より生活を重視する人、仕事以外の副業やボランティアに力を入れる人なども増えています。

 このような状況下では、当然ながら、個人が同じ仕事を何十年も続けられる可能性は低くなります。誰もが現状の経験やスキルを生かしながら、新たな学びを得て、状況に合わせてキャリアの選択肢を増やしていく必要性が高まっているのです。

 また「キャリアの多様化」も進んでいます。「あの憧れの人を目指せばよい」という分かりやすいロールモデルがいないということもしばしばあるでしょう。昇進すら、全員が目指したいものではなくなってきていて、むしろ昇進したくないという人も増えています。一人一人が自らの価値観のもとで、自分のキャリアを自分なりに納得いくように考え、さまざまな行動を起こし、コントロールする必要が出てきたのです。今後は、こうしたキャリア自律を重視しない企業からは社員が離れていっても仕方がないかもしれません。

(5)マネジャー・人事による「仕事の意味付け」や「持ち味を引き出すこと」がリテンションにつながる

 では、会社が社員のキャリア自律を後押しするにはどうしたらよいのでしょうか。

 キャリア自律を進める際には、図表1のサイクルを回すことが大切です。当社の調査によって「自己理解を進める」と「将来を描いてみる」の2つをそろえることで、キャリア自律が促進されることが明らかになっています。さらに「取りあえずやってみる」や「気になる領域を調べる/他者に会う」ことによる試行錯誤も欠かせません。

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図表1:キャリア自律を進めるサイクル(リクルートマネジメントソリューションズ作成)

 企業は、社員一人一人がこのサイクルを回すために、さまざまな支援ができます。例えば、社員たちが自己理解を促進する場を用意したり、将来を描いてみる場を設けたり、取りあえずやってみる機会を与えたり、気になる領域を調べる/他者に会うチャンスを用意したりすればよいのです。

 その際、マネジャーや人事の重要な役目は、「仕事の意味付け」や「持ち味を引き出すこと」です。自分で創意工夫できて、その結果のフィードバックがあり、そのことを通じて成長できれば、仕事は楽しくなります。あるいは、職場の同僚から知的刺激を受けたり、懸命にやった仕事で感謝されたりすることもやりがいにつながります。加えて、仕事の意味や意義を感じられれば、人はその仕事により深い愛着を覚えます。

 しかし、仕事の意味や意義を一人で発見することは意外と簡単ではありません。もっといえば、持ち味も自分では分からないことがよくあります。ですから、マネジャーや人事が引き出してあげることが効果的なのです。

 例えば、上司から「あなたはこういう持ち味を持っているから、極めてみてはどうか」「この仕事はとても地味に見えるけれども、実は社会に大きな意義のあることだ」などと話をすることで、部下のモチベーションがぐんと高まります。

 特にマネジャーは、面談や1on1などの場を通じて、部下に対して仕事の意味付けをしたり、持ち味を引き出したり、自己理解をともに深めたり、成長につながるジョブアサインメントをしたりできる存在です。現代企業では、マネジャーが、キャリア自律を通じてリテンションを左右することは間違いありません。

(6)リテンションには「組織側の責任」が生じる

 最後に、リテンションには組織側の責任が生じる、という現実にも触れておきます。

 最近、社外越境施策に力を入れる企業が増えていますが、越境を経験すると、転職して新たな道を踏み出す人が必ず出てきます。例えば、海外MBA留学をすれば、魅力的な転職オファーがたくさん舞い込んできますから、転職を選ぶ人が出てくるのは当然のことです。これを越境のリスクと感じている人事の皆さんも少なくないはずです。

 人事の皆さんが越境人材をリテンションしたいと思うのは当たり前ですが、リテンションには必ず責任が生じることを忘れてはなりません。つまり、社外で得られる以上のポジションや経験や収入を社内に用意できないのなら、リテンションしないほうが個人のため、あるいは社会のためかもしれないのです。

著者情報:古野庸一

1987年東京大学工学部卒業後、株式会社リクルートに入社。南カリフォルニア大学でMBA取得 キャリア開発に関する事業開発、NPOキャリアカウンセリング協会設立に参画する一方で、ワークス研究所にてリーダーシップ開発、キャリア開発研究に従事。2009年より組織行動研究所所長、2024年より現職。『「働く」ということについての本当に大切なこと』(白桃書房)、『「いい会社」とは何か』(講談社現代新書)、『日本型リーダーの研究』(日経ビジネス人文庫)などの著書、『ハイフライヤー―次世代リーダーの育成法』(プレジデント社)などの訳書がある。

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