「海ぶどう」で売上高1億5000万円 コロナ禍からV字回復させた、アイデア社長の思考法(2/3 ページ)
沖縄県を代表する食材の一つである「海ぶどう」で1億5000万円を売り上げる企業がある。賞味期限を2年伸ばしたり、世界14カ国に輸出したりとさまざまな実績を持つ。多角的な戦略を仕掛けるアイデアマンの社長に話を聞いた。
賞味期限を「2年」に伸ばし世界販路を拡大
「世界ブランドへ」という壮大な目標も現実味を帯びる。
8年前、沖縄で毎年開かれる国際食品商談会「沖縄大交易会」に海ぶどうを出展したことがきっかけとなり、フランスのバイヤーと商談が成立。食感や見た目がフランス料理、ヴィーガン料理などとの相性が良く、フランスを含めて英国やオランダなどさまざまな国に送られた。
この取り組みを実現する裏には、長年の試行錯誤があった。
そもそも、採れたての海ぶどうは常温で1週間程度しか保たない。そこで同社は、海水と一緒にパックして賞味期限を半年に延ばした商品を開発。しかし、バイヤーからの要求はそれでも満たされなかった。
「例えば船便でフランスに輸出するとなると、出荷から到着まで3〜4カ月は要します。入荷してからの期間が短いため、バイヤーから『もっと賞味期限を長くできないか』というリクエストが多くありました」
地道に研究を重ねた結果、昨年8月に画期的な商品を発売した。「ふくらむ ぷちぷち海ぶどう」である。変色の原因となる光を防ぐパッケージデザインや塩水の適切な塩分濃度を模索し、常温で2年間の保存が可能だ。開封して海ぶどうを水に浸すと「房」の部分がぷくぷくと膨らみ、採れたてのような食感が味わえる。
東京ビッグサイトで行われた「ジャパン・インターナショナル・シーフードショー」に発売と同時期に参加し、新商品をお披露目するとオーストラリアやドバイのバイヤーからも受注。世界的な販路の広がりが、海ぶどうの新たな価値の創造につながると見る。
「今では私たちの海ぶどうを14カ国に輸出しています。フレンチなどこれまでになかった食べ方をされているため、将来的には逆輸入のような形で新しい使われ方が日本に入ってくることが予想されます。そうすれば海ぶどうの価値がさらに上がるので、その時にはさらに高付加価値な商品作りをしていきたいと考えています」
「6次産業化認定」で台風対策 生産量が1.5倍に
日本バイオテックが短い期間で多彩な事業を仕掛けられた背景には、経営の要である海ぶどうの生産量が大幅に増加したことがある。
1990年代に陸上養殖の技術が確立した海ぶどうだが、通年で安定生産することは容易ではない。大雨で塩分濃度が変わると房が溶けてしまうこともあるため、非常時には真夜中でも養殖場に飛んで来ることもしばしば。特に大きな頭痛のタネは、沖縄に毎年のように襲来する台風だった。同社も、これにはほとほと苦しめられた。
営業や生産現場を網羅的に見てきた山城社長が振り返る。
「養殖を始めたばかりの頃の養殖場はほったて小屋のような作りで、台風が近付く度にハウスの上に登り、社員総出で遮光ネットを巻き上げるなど手の掛かる作業をしていました。それでもビニールハウスが半壊したり、停電で温度管理が狂ってしまったりすることもありました。立て続けに襲来して作業が台風対策ばかりになり、生産量が例年の半分に落ち込む年もあったほどです。理想の生産体制を100%とすれば、今は60%くらいまできていますが、当時は10%くらいでしたね」
言わずもがな、1次産業を軸とする事業者が業績を向上させるためには、生産物をいかに多く、安定的に作れる体制を構築できるかが最大の鍵となる。だからこそ、同社にとっては台風の影響を受けない丈夫なハウスが必要不可欠だった。しかし、試算すると建設費は4000万円。簡単に捻出できる額ではない。
そこで目を付けたのが、内閣府の補助メニューである「六次産業化・地産地消法に基づく総合化事業計画」だった。収益性の改善に向けて「台風に耐えられるハウスを作る」という名目で申請し、2019年に認定を受けた。
2020年にコロナ禍に入ったことで事業期間は大幅に延長したが、認定から3〜4年をかけて鉄骨造りの強固な新ハウスが完成。総事業費のうちの半分を補助でまかなった。現在の年間生産量は30トン強。それ以前に比べて1.5倍に急増した。
少し時間を遡(さかのぼ)るが、実はこの新しいハウスが完成する前から同社は業績を伸ばしていた。しかも、コロナ禍に入ってからである。なぜか。
「コロナ禍になった2020年の3月から4月に飲食店や体験の注文がゼロになりました。でも養殖を止めたら会社が立ち行かなくなる。そこで、販路を一気にB2Cに切り替えました。寝ずに書いたリリース文をネットの個人向け販売サイトにすぐにアップすると、県外客を中心に1日に100件など注文が殺到したんです。支援を求めるクラウドファンディングも2件実施しました。必死過ぎて、そこから半年間は記憶がないほどです。それまでの卸先は8割が飲食店でしたが、この期間に一般消費者の声を直接聞き、『ここまで海ぶどうが好きな人がいるんだ』ということを実感できました。本当にいい経験でした」
結果、それまで7000万〜9000万円で推移していた年間売上高は、初めて1億円の大台を突破。個人向けの需要の広がりに着目した県内大手のスーパーとの取り引きも始まり、より多くの量を安定して出荷する先を確保することができた。今では全体の4割がスーパーへの卸しだ。
新ハウスの構築で生産量が底上げされ、さらにそれまで離れた場所にあった出荷場もハウス内に移設したことで生産・出荷効率が格段に向上。昨年9月期の決算は過去最高の1億5000万円まで伸び、今期は1億7000万円を見込む。
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