負債2億円の「町の弁当屋」が年商8億円に 23歳で継いだ2代目社長、何をした?:上間沖縄天ぷら店の歩み
上間沖縄天ぷら店は、当時2億円の負債を抱えていた。「このままでは半年後に潰れる」という事態だったという。23歳の若さで継いだ2代目社長のさまざまな改革によって、現在の年商は8億円に。町の弁当屋はどのように変わっていったのか?
社会に出ると同時に23歳で継いだ家業は、2億円もの巨大な負債を抱えていた──。
「華麗に継いだというわけではなかったですね」
少し苦笑いを浮かべながら、自らの人生の転機となった15年前の出来事を振り返るのは、沖縄県本島中部の沖縄市に本社を置く、株式会社上間の上間喜壽(うえま・よしかず)代表取締役会長だ。
県民のソウルフードとして知られ、ダシの味が効いた柔らかい衣が特徴の沖縄天ぷらや弁当を販売する「上間沖縄天ぷら店」を8店舗展開し、冠婚葬祭や企業の会議など向けの折詰、重箱も受注販売している。
上間氏が会社を継いだ時点ではまともな帳簿がなく、収支を把握することすらままならない状態だった。そこから経営の健全化や規模拡大を進め、現在では年商8億円の企業に成長。今年3月の決算では4000万円超の利益を上げ、社員の待遇も着実に向上している。
その過程では、デジタル技術による経営革新も業績を伸ばす要因の一つとなった。知識を貪欲に取り入れながら、若き経営者として新たな取り組みに積極的に着手し、地域に愛された町の天ぷら・弁当屋を見事に再建した上間会長に話を聞いた。
「このままでは半年で潰れる……」 エクセルでの帳簿管理から着手
上間沖縄天ぷら店は、上間氏の祖父母が市内にあるゴヤ市場で開いた刺身屋がルーツ。魚の切れ端で天ぷらも出したところ、これがヒット商品となり、地域の人たちから「上間天ぷら」の愛称で親しまれた。
親族がのれん分けをして同じ形態で店を出し、上間氏の両親も2002年に現在の本社がある場所に出店した。フワッとした衣に包まれた魚やエビなどの沖縄天ぷら、低価格でボリュームのある弁当も人気を集めた。
しかし、減価率を考慮しないサービスで儲(もう)けはほとんどなし。さらに上間氏が東京の大学で経営学を学んでいた2008年、身の丈に合わない設備投資で巨額の負債を抱えることになる。
「僕が大学4年生の時、まだ家業を継ぐかはっきりと決めてはいなかったのですが、その前提で両親が店舗裏に新しい工場の建設を始めたんです。その設備投資が1億2000万円。額が大きかったこともあって税務調査が入り、さらに8000万円の追徴課税を課せられて2億円の借金を抱えることになりました」
寝耳に水だった。緊急の家族会議を経て、上間氏は再建に向けて大学卒業と同時に正式に家業を継ぐことを決意。経営の健全化を図る意味も込めて法人化し、2009年5月に2代目社長に就いて再スタートを切った。
内部に入ってまず驚いたのは、収支状況を把握できていないことだった。商品の原価はいくらで、売り上げはいくらなのか。「レシートや領収書も捨てていたので、お金の流れが見えませんでした」。銀行口座を確認すると、残っている現金は300万円ほど。材料の仕入れ額や日々の売り上げを手計算ではじき出すと、驚愕の事実を突き付けられた。
「このまま行くと、半年後に潰れることが分かりました」
まずは窮地を脱する必要がある。そのために上間氏は、以下の3軸を同時に走らせた。
- (1)現状把握のための会計管理
- (2)資金繰り
- (3)売り上げの拡大
中でも1は、再建に向けた足場を固める上で喫緊の事項だった。
電機店に行き、数万円で中古の小型ノートパソコンを購入。エクセルを入れて自ら帳簿を付け、月次のPL(損益計算書)を作る作業から始めた。現代の感覚からすると初歩的なデジタル技術の活用事例かもしれないが、デジタル技術とは無縁だったそれまでの上間沖縄天ぷら店にとっては、その先の段階となるDXの芽生えとも言える大きな一歩だった。
葬儀屋需要の発見をきっかけに「B2B」を拡大
お金の流れを把握して、(2)の資金繰りを考えた上で明確になったことは、経営を安定させるためには(3)の売り上げ拡大が必須ということだった。
「資金繰りだけをやっていても結局お金は足りないから、潰れるのを先延ばしにしているだけ。だから根本的にお金を増やさないといけない。継いだ時点での初期装備として、まだ製造能力に大きな余力がある新しい工場があったので、少しでも販路を増やし、工場の稼働率を上げることが肝だと気付きました」
天ぷらや弁当に入れるメニューは一度に作る量が増えたとしても、作業にかかる時間や必要な人員はほぼ変わらないという。もちろん材料費は膨らむが、販路さえ確保できれば新たな投資をせずに売り上げを伸ばすことができるのだ。
目を付けたのは、店舗の近隣にいくつかある葬儀屋だった。よく弁当を買いに来る黒い服を着た職員と雑談していると、葬儀屋には1日に500〜1000人もの人が来るという。そこで聞いてみた。
「折詰とか売れるんですか?」──返事はYESだった。
当時、対外的に折詰を売り込んでいたわけではなかったが、店頭に並べている天ぷらやいなり寿司、かまぼこなどをセットにすれば十分に折詰として販売できる。実際、それまでも両親は注文を受ければ対応はしていた。沖縄は今でも親族のつながりが深い地域なため、葬儀に集まる人の数が多い。自前のデジタルカメラで折詰の写真を撮り、エクセルで作ったチラシを他の葬儀屋にも配ると、これが当たった。
「今でも覚えていますが、店頭にも発泡スチロールを切り抜いた大きな文字で『重箱・オードブルやってます』と貼っていました。看板屋に製作をお願いするお金もないので。その甲斐(かい)もあって、徐々にB2Bの販路が増えていきました」
葬儀屋だけにとどまらず、企業の会議やイベント運営、修学旅行など大量に折詰、弁当が必要になる場面での需要が増加。B2Bの売上高は、現在も全体の4割を占めるまでに成長した。
並行して多店舗化も進めた。継承時は1店舗のみだったが、今は8店舗を運営する。さらにカタログを作って一般家庭にポスティングすると、こちらもオードブルなどの大量注文が増加。親族が集まる頻度が高い県民の習慣にマッチし、多くの需要を獲得した。
独自のPOSシステムなど「管理会計」を追究
次に着手した独自システムの構築が、現在に至る上間沖縄天ぷら店の繁栄の礎を築く根幹をなす取り組みとなる。キーワードは、業績の評価や経営の意思決定をする上で重要な「管理会計」だ。
「デジタルツールの導入や投資に求められることは、固定費の削減か粗利の向上のいずれかですが、私は粗利をコントロールする管理会計をやりたいと思ったんです。専門書を読むなどして勉強しながら、利益を最大化するための会計を学びました」
まず手を付けたのは受注システムの導入だ。各店舗に設置したパソコンで注文を受け付け、統一のシステムで一括管理する。
例えば、オードブルや折詰、弁当など各注文の中にそれぞれ唐揚げが入っているとする。個数はまばらだ。それらをシステム上で統合し、何時までに、何個の唐揚げを揚げる必要があるかという指示書が作成される。工場の職員がPCで確認して製造作業に入るため、作業効率が格段に上がった。
さらにPOSレジの委託開発にも取り組み、各店に導入したことで顧客の購買傾向や来店データの収集、解析が加速。管理会計を突き詰めるために週に1回は棚卸作業をし、同じシステム内で在庫管理もしているため、週次のPLが作成できる。
雨の日は事業者の仕事が少し落ち着くから、差し入れで天ぷらを大量買いする人が多い。かき氷は真夏の時期より気温が上がり始めたタイミングの方が、消費者がより暑さを感じるからよく売れる。繁忙期の人員配置の精度も上がった。
独自システムの開発に取り組んで10年。年間を通した需要動向をほぼ把握し、経費の年間計画と実際の額とのズレは毎期、上下2%ほどに収まるという。
今や小麦粉や中の具材など、天ぷら一つずつの原価も瞬時にはじき出すことができる。近年、さまざまな原料価格が高騰する中、スピード感を持って適切な経営判断をする上で貴重な数字だ。
「状況が変わっていることがすぐに分かるので、軌道修正がしやすいです。昨年はインフレのペースが早すぎて、3カ月に1回くらい値上げした商品もあります。数字をリアルタイムで把握し、その都度価格に反映させていったことで、今年3月の決算における利益は過去最高となりました」
管理会計を追究し、キャッシュフローを詳細に把握することは「組織の中に神経を通していくこと」と表現する上間氏。「右手が痛いとか肩に異常があるとか、人体構造と同じです。経営のどの部分で何が起きているかを数字が全て教えてくれる」。だからこそ、脳の役割を担う経営者がより適切な意思決定をできるというわけだ。
一方、上間氏が継いだ時点で1つ50円と破格の安さだったエビ天ぷらは、今は150円。この間、全体の原価率は段階的に12%下げた。もともとの原価率ではあまりに薄利だったことに加え、原材料価格の高騰の煽りも受けているとはいえ、消費者からすれば大きな値上げであることに変わりはない。「何を持ってお客さんに納得してもらえるかを考えないといけない」と社員全員で向き合い、おいしさの追究やホスピタリティの向上にも日々取り組む。
業績の向上は社員12人の待遇にも反映され、初任給は月28万円。10年前まで300万円ほどだった平均年収は、400万円を超えた。以前は月6日のみだった休みは週休2日となり、月の残業は20時間もない。パート社員を含め、有給も取りやすい労働環境を実現している。
デジタル技術は「一番安いコストで解決している感覚」
さまざまな業界でDXが叫ばれる昨今。上間氏も管理会計を追究するために独自システムを進化させ続け、自社の経営状況に対する解像度を上げてより適切な「選択」と「集中」を行ってきた。結果、業務の効率化や市場競争力を高めることに成功した。
ただ、自身にとってのデジタル技術はあくまで「道具」の一つでしかない。「課題にぶつかった時に一番安いコストで解決している、というのが自分の感覚です」と説明する。
必ずしもデジタルの手段にこだわっているわけではないというわけだ。原資が乏しかった頃、自ら作ったチラシを足を使ってポスティングしたり、発泡スチロールを切り取って宣伝文字を作成したりした前出のエピソードからも伝わるだろう。どん底からスタートした経営者人生だったからこそ、こう思う。
「DXとはなんぞや、という話の中で『DXとデジタイゼーションの意味は違います』という言葉遊びのような話をする人もいますが、本当に明日生きるか死ぬかという状況の人にとっては、その違いは小さな話なんです。根本にあるのは問題解決へのモチベーション。目の前にある課題を低コストで解決するための最善の方法を選択し、集中的に実行することが、経営における大事な視点だと思います」
デジタル技術の活用が経済活動の一助になることに疑いの余地はない。ただ、アナログも含めて適切なツールを選択することや、その効果を最大化するためには、上間氏のように自社の詳細な現状把握や目的意識を明確に持つことが前提となる。それは、デジタル技術がどれだけ進化しても変わらない経営の本質なのだろう。
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