エーザイ、富士通、丸井――人的資本開示の成功企業、「独自指標」は何を設定?:「人事データ開示」の極意(1/3 ページ)
エーザイ、富士通、丸井――人的資本開示の成功企業、「独自指標」は何を設定?
前編では、「人的資本経営における開示指標の3つのトレンド」についてお伝えした。それが以下の3点である。
開示指標のトレンド
- 「リスク回避」に加え「価値向上」が重視されるように
- 「組織指標」に加え「個人指標」が重視されるように
- 「比較可能性」に加え「独自性」が重視されるように
後編では、この3つのトレンドをうまく押さえている人的資本開示事例を紹介したい。ピックアップするのは、エーザイ、富士通、丸井グループ、三井物産の4社である。それぞれ、参考にすべき点を挙げていく。
エーザイ:中間KPIの設定で、可能な限り可視化
グローバル企業のお手本となるような人的資本開示をしているのがエーザイだ。同社は「Human Capital Report」において4つの課題を示し、その現在地と対策について言及している。
同社の人的資本開示の特筆すべきポイントは、「社会的なインパクト創出」の実現に向け、「効率的な社会的インパクト創出に寄与する人的資本経営」の達成度を見る指標として、E-HCI(Eisai Human Capital Index)という独自の指標を設けていることだ。
そして「エナジー」「シナジー」「インパクト」のそれぞれを構成する要素にも中間KPIを設定することで、可能な限りの可視化を試みている。また、これらの指標を定期的にグローバルでモニタリングしていくことには限界があるとし、これを「伸びしろ」と捉え、定期的にアップデートする旨を明言している。時代や環境の変化に合わせて人的資本経営を推進しようとしている姿勢がうかがえる事例だといえるだろう。
同社はグローバルで統一した指標を設けているが、単一のものさしでグローバルを捉えているわけではない。グローバルエンゲージメントサーベイの全体分析をするだけでなく、米国、EMEAなどエリアごとにサーベイの結果と打ち手を示している。単一的・画一的な捉え方だけでなく、多様性を踏まえて打ち手について言及している点は、非常に参考になる。
富士通:中長期的な成果を見据えて整理
富士通は「CHRO Roundtable Report 2024」において、企業価値向上に結び付くKPIを特定するために、非財務指標とアウトカムとしての財務指標との関連性を分析している。
同レポートでは下図の通り、短期的な「成果を生むための取り組み」と、中長期的な「持続的効果を生むための取り組み」とに分け、それぞれの相関関係を模式図で整理している。「短期的な成果だけでなく中長期的にも成果を上げ続けるために、どのように人的資本経営を推進していくべきか」をストーリーとして整理している理想的な開示事例だといえるだろう。
昨今、DE&Iをうたう企業は多くあるが、同社のユニークな点は、DE&I実現のため、あえて差分に注目していることだ。同社は年に2回、31項目の設問によるエンゲージメントサーベイを実施している。そして、そのサーベイで得られるエンゲージメントスコアを、以下のように男女別に分析している。
この分析結果からは「男性は心理的報酬のスコアが高いと他の項目も高まる可能性がある」「女性はチームワークなど周囲の環境がウェルビーイングに結び付く可能性がある」というように、どのような要素がエンゲージメントに影響を及ぼしやすいのか、男女別の傾向がよく分かる。何より、「DE&Iは一律一様な捉え方では実現できず、従業員の特性に合わせたマネジメントをすることで実現できるのだ」という強いメッセージが感じられる。
データを結果として開示するだけではなく、データ分析から指標間の関係性を読み解き、エンゲージメント向上に向けたストーリーを示しているのは、非常に先進的な取り組みだといえるだろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
人的資本経営で「やりがちだが、無意味な取り組み」とは 伊藤レポート検討委メンバーが語る
有価証券報告書での開示義務化に伴い、注目度が高まる人的資本開示。多くの企業が「どうしたら、他社に見劣りしない開示ができるのか」と悩み、試行錯誤しているようだ。しかし、アステラス製薬の杉田勝好氏は、他社との比較を「意味がない」と断じる。
伊藤忠「フレックス制をやめて朝型勤務に」 それから10年で起きた変化
2013年にフレックス制度を廃止し、朝型勤務制度や朝食の無料提供の取り組みを始めた伊藤忠商事。それから約10年が経過したが、どのような変化が起きているのか。
人的資本開示の「ポエム化」は危険 投資家に本当に“響く”情報とは
日本企業が発するメッセージは、しばしば情理的な側面に寄る傾向がある。「歴史と技術を大切に」「お客さまとの出会いに恵まれ」「数多くの困難を乗り越え」とウェットで、どこかポエミーなものが多い。ただ、それだけでは投資家の心には響かない。





