「解雇を受け入れたら、お金がもらえる」 解雇規制の緩和、日本で実現するか?:働き方の「今」を知る(2/2 ページ)
「解雇を受けいっる代わりに、労働者が金銭を受け取れる」制度が日本で実現するかもしれない。日本の「解雇」をめぐる現状を整理しよう。
矛盾? なぜ、外資系企業や中小企業ではクビが発生するのか
ここで1つの疑問が浮かぶ。「日本において解雇は相当困難なように思えるが、なぜか外資系企業や中小企業は普通に従業員を解雇している。ダブルスタンダードなのでは?」というものだ。
答えはシンプルで、大企業の場合は「雇用を守る」=「社会的責任を果たす」こととされており、世間や株主、メディアなどによる監視が厳しい。またどうしても仕事がフィットしなくとも、大企業であれば再教育や配置転換、転籍や出向など、なんらかの形で継続雇用を可能とする手段も比較的豊富に持ち合わせている。
それだけ雇用維持へのプレッシャーが大きい分、いざ解雇となった際にはレピュテーション(評判)低下などイメージ悪化リスクが大きい。さらに訴訟になった際には比較的多額の解決金獲得が見込めるので、労働系弁護士や外部の合同労働組合(ユニオン)も被害者を積極的に支援することも考えられる。
大企業の場合は解雇に対して受けるダメージが比較的大きくなるため、そこまでのリスクを負ってまで解雇に踏み切ろうとはしないのだ。
一方で外資系企業の場合、クビに見えても実際は、割増退職金など好条件を提示し、対象となる従業員との個別合意を取り付ける「退職勧奨」が中心だ。従業員側も失職リスクは想定したうえで入社しており、裁判で余計な金と時間とエネルギーを費やすよりも、好条件を提示されているうちにサッサと自主退職して次の会社に移ることが一般的であるため、そもそも訴訟にまで至らない、というケースが多い。
中小企業の場合はまた事情が異なる。そもそも株主も法務も人事も実質的に経営者が兼ねていることが多いため、第三者によるチェックが機能しないまま「社長がクビといったらクビ」になるケースが多い。また中小企業の労務トラブルには大企業ほどのニュース価値はないため、解雇したところでメディア報道されることもなく、レピュテーション低下リスクを恐れる必要もない。
仮に裁判で勝っても大企業ほどの解決金獲得は期待できないため、同程度の労力がかかるなら、労働系弁護士やユニオンも中小企業の解雇被害者支援への優先順位は低くなりがちだ。
このように、多くの外資系企業や中小企業の場合、解雇したところで訴訟にまで至ることが少ないため、「解雇してそのまま終わり」のように見えてしまうというわけだ。
わが国の「解雇」対応は、時代に合っているのか?
現在の解雇の在り方は、深刻な人手不足に陥っている日本が目指すべき方向にブレーキをかけてしまっていると筆者は考えている。優秀人材は待っているだけでは到底採用できないため、グローバル市場から積極的に誘引することが求められる時代だが、現在の解雇の在り方は人材流動性を低下させてしまう可能性がある。採用後のミスマッチ発覚や、急激な市況・業績変化に対応できないからだ。
「解雇したら訴えられ、解決金支払いやレピュテーション低下などのトラブルになる」ことがほぼ確定している場合、雇用側にとって採用はリスク要因となり、高い報酬を設定すること自体を躊躇(ちゅうちょ)してしまうことにもなりかねない。
そうなると、必然的に「絶対に間違いない人しか採用しない」こととなり、人手不足にもかかわらず採用ハードルは上げざるを得なくなる。具体的には、精緻な書類(履歴書、職務経歴書、エントリーシートなど)を書かせ、適性試験を受けさせ、何度も面接を経る過程の中で「当社のメンバーとして迎え入れるに相応しい人物か」を精査するわけだが、明らかに応募者にとっても選考側にとっても負担である。もちろん、人材流動性は低くなる一方だ。
一方で解雇となっても法廷闘争まで至ることなく、「お互い相性が良くなかったね」程度でお別れできれば、必然的に入社時の選考ハードルは下がり、人材流動性は高まることだろう。そうなれば、一時的かもしれないが成長産業に優秀人材が集まりやすくなり、経済成長も期待できる。
また、日本企業で給料が上がりにくい一因は「人員ニーズがなくなってもクビにできず、社内で雇い続けないといけない」ところにある。逆に考えれば「ニーズがなくなったらクビにできるので、ニーズが大きいうちは給料を上げられる」、すなわち従業員の給料アップにつながるのだ。
こんな主張をすると、「社員をクビにするような悪徳経営者が、給料を上げようなんて考えるわけがないだろ!」と反論する方が出てくるが、それはあまりに経営者を敵視しすぎ、経営を単純に考えすぎだろう。
今やどの業界も人手不足であり、事業に貢献できる人材は世界規模で獲得競争の渦中にある。競合他社より給料を上げるだけで優秀人材が来てくれるなら、喜んで給料を弾むと考える経営者は少なくない。
ただ先述のとおり、現行ではいったんメンバーとして迎え入れた以上、その後「長期的に雇い続けないといけない」プレッシャーがあるため、給料を上げる制約条件になっているだけなのだ。
そして正規雇用と非正規雇用における待遇格差問題も、突き詰めれば「クビにしやすいか否か」に帰結する。クビにしやすくなれば、もはや待遇差どころか「身分格差」となっている非正規雇用問題も解消するだろう。
さらには、クビにできやすくなれば不幸な「就職氷河期」もなくなるはずだ。過去記事でも言及したとおり、就職氷河期が生まれた原因は、景気後退期でも既存社員を簡単にクビにできなかったため、雇用調整手段として「新卒採用を極端に絞り込む」という手段を採ってしまったからだ(過去記事:「どうすれば就職氷河期を回避できた? 今も残る『元凶』」、「結局、就職氷河期とは何だったのか? その背景と今に続く深い傷跡」)。
大企業の決算が発表されるたびに「内部留保が多すぎる! 給料アップに回せ!」と批判する人が現れる。内部留保(利益剰余金)は過去に稼いだ利益の蓄積であり、人件費や税金などを支払った後に残ったものであるから、そこからさらに給料に回すことはできない。そもそもなぜ企業が内部留保を厚くしたがるかといえば、急な景気後退や天災など、不測の事態が発生しても、雇用を守り抜くためのリスクヘッジとして必要だからだ。
すなわち、クビにしやすくなれば必要以上の内部留保は不要となり、事業投資など成長に資する方面に資金を活用できる。
労使双方にここまでのメリットがある解雇規制緩和だが、その一方で「雇用の流動性を高めるためにも解雇をしやすくしよう!」などと提言すれば大きな反発を受けてしまうのは確実。そこで現実的な解決策として最適なのが、まさに今般議論となっている「解雇の金銭解決」制度の導入なのである。
「解雇の金銭解決」は、誰にどんなメリットがあるのか
現在わが国では、解雇を金銭解決できる制度が存在しない。そのため、会社から不当解雇された人が裁判で争う際には、いくら会社に愛想を尽かしていて復職したくなくても、「解雇は無効だから復職したい」と主張するしか方法がないのだ。
会社側としてもいったん解雇した人物を復職させる気はなく、解雇の撤回もしたくない。ではどうするかといえば、お互いにとってあまり意味のない「復職」をテーマに裁判し、その妥協点として「退職する代わりに解決金を獲得する」という方向に持っていくしかない。実に不自由な状態なのである。
ここで「解雇の金銭解決」を制度として正式に導入できれば、そんな不毛なやりとりをしなくても済む。それも、わざわざゼロから制度構築する必要もない。現行の労働契約法16条に追加で「解雇に際し、使用者が対象労働者の賃金○カ月分以上に相当する金銭を支払った際は、その解雇は客観的な合理性を有し、社会通念上相当であるとみなす」といった一文を入れるだけでいいはずだ。
解雇の金銭解決制度の導入は、裁判で要する余計な時間と弁護士費用、そして肉体的&精神的エネルギーなど全てを省略できる。労働者側にも企業側にもメリットのある制度といえるのではないだろうか。
著者プロフィール・新田龍(にったりょう)
働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役
早稲田大学卒業後、複数の上場企業で事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所株式会社設立。「労働環境改善による業績および従業員エンゲージメント向上支援」「ビジネスと労務関連のトラブル解決支援」「炎上予防とレピュテーション改善支援」を手掛ける。各種メディアで労働問題、ハラスメント、炎上トラブルについてコメント。厚生労働省ハラスメント対策企画委員。
著書に『ワタミの失敗〜「善意の会社」がブラック企業と呼ばれた構造』(KADOKAWA)、『問題社員の正しい辞めさせ方』(リチェンジ)他多数。最新刊『炎上回避マニュアル』(徳間書店)、最新監修書『令和版 新社会人が本当に知りたいビジネスマナー大全』(KADOKAWA)発売中。
11月22日に新刊『「部下の気持ちがわからない」と思ったら読む本』(ハーパーコリンズ・ジャパン)発売。
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