Excelバケツリレーで資料作成──20年前と変わらぬ業務フロー、どう改善していくべきか?:ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか?(2/2 ページ)
役員が確認するための報告資料を、各部門や工場間で「Excelのバケツリレー」をして作成する──時間も手間もかかるこうした方法を、10年前、20年前と変わらずに続けている日本企業は、まだまだある。ホワイトカラーの仕事を、どう効率化していくべきだろうか?
デジタルによるホワイトカラーの生産性革命(1):個人レベル
ここでいう「定型処理」とは、あるインプットを入れたら、アウトプットが一つに決まるプロセスのことだ。例えば数値の計算である。
かつては、そろばんや電卓を用いて計算が速く正確にできるというのは、特に経理など計算を伴うホワイトカラーにとって価値のある技能だったが、今ではそうするホワイトカラーはいなくなってしまった。Excelが一瞬で正確にやってくれるようになったからだ。
つまり、仕事の媒体が「デジタル化」された結果、ホワイトカラーの作業のうち定型化できる部分については、デジタルが「手間ゼロ、所要時間ゼロ、差分コストゼロ、間違いゼロ」(以後、「4ゼロ」とも称する)でいとも簡単にやってくれるようになった。
するとこの定型部分については、ヒトが時間と脳力を投入する必要がなくなり、ヒトはその分、定型ではない作業に時間を割くことができるようになっていった。
デジタルによるホワイトカラーの生産性革命(2):組織・企業レベル
しかし、ホワイトカラーの生産性革命の本当のインパクトは、個人ではなく、「組織の」能力の拡張、個人戦ではなく団体戦の方にある。
組織の能力の拡張とは何か? それは、「業務プロセスの定型化→デジタル化」だ。つまり、ホワイトカラーが関わる業務プロセスのうち定型化しデジタル化された部分は、それが何であろうと4ゼロで処理されるようになったこと、である。
業務プロセスのうち定型化できるものは、それが何であろうと「ソフトウェアという機械」に「人間の知恵を付け」て、やらせることができる。ソフトウェアという機械を正しく設置するまでの「初期費用」はかかる。だがそれが済んだら、そこから先は「手間ゼロ、所要時間ゼロ、差分コストゼロ、間違いゼロ」でソフトウェアがやってくれるようになるのだ。
一番分かりやすい組織能力の拡張とは、「Excelバケツリレーの解消」である。
あなたの会社でも、毎月行われる「役員会」のテーブルには、前月の売上や利益などの「報告資料」が置かれるだろう。
各営業部門や工場が、売上高や出荷高をExcelの表にまとめて「上」に送る。上はそれをとりまとめたExcelの集計ファイルをさらに上に送り、それをさらに上がとりまとめ……という作業を、多くの管理部門が、毎月、毎日、行っているはずだ。
このバケツリレーという名の業務プロセスには時間がかかり、社員の手間がかかり、ということは人件費というコストを消費しており、そしてミスの可能性がある。
ところが、これが正しくソフトウェア化されるとどうなるか? 所要時間・手間・コスト・ミス、全てがゼロになる。どの数値をどれと合算あるいは変換して合計を出さねばならないか、は決まっている(もしそれ以外の計算をうっかりしてしまったら、それは全て「間違い」になる)、つまり定型作業だからだ。
単なる「集計」だけではない。例えば在庫の管理、生産量の管理、売り上げ・利益の管理、請求・入金の管理、購買管理、人事管理……あらゆる業務プロセスが、正しくソフトウェア化されると、それまでその部分の作業をやっていたホワイトカラー社員の手間(と所要時間とその分の人件費とミス)はゼロになり、従ってその社員はその分、他のことに手間と時間をかけられるようになる。
これが2000年前後以降に起きた「ホワイトカラーの生産性革命」の本当の正体である。定型業務をヒトから剥がして「デジタルな自働機械」、つまり人間の知恵を付けたソフトウェアにやらせるようになったのだ。
すると社員は、デジタルな自働機械という“ゲタ”が肩代わりしてくれる分だけ余力ができ、その分の脳力を非定型業務に振り向けることができる。仮にある社員の業務時間のうち定型業務の割合が50%だったとすると、その50%はまるまる浮くから、その社員の生産性は直ちに2倍になる。
この “ゲタ”の高さが高いほど、その業務に関わる社員全員に余力が生まれ、一方で定型業務は4ゼロで回るようになる。よって企業はこのゲタを整備し、さらにそれを少しずつ高めていくという競争に入っていった。
ソフトウェア化=機械化
これは、ブルーカラー業務でいえば「機械化」にあたる。ヒトが汗水たらし、時間と労力を投入して行っていた作業のうち、機械にやらせることができる部分を機械化できれば、その部分はヒトがやらなくてよくなるから、他のことをやる時間ができる。
他のこと、とは要するに機械にやらせることができない、非定型の仕事のことだが、その筆頭は「機械に人間の知恵を付ける」という仕事である。それまで自分たち時間と労力を投入していた作業を機械にやらせることができるよう検討し、定型化し、機械に知恵を付けてやらせる。
ホワイトカラー業務でも構図はまったく同じだ。ヒトが時間と脳力を投入していた定型作業を、機械=ソフトウェアにやらせることができれば、ヒトはその分、他のことをやる時間ができる。他のこと、とは要するにソフトウェアにやらせることができない非定型の仕事だが、その筆頭は「ソフトウェアに人間の知恵を付ける」、つまり適切な設定値を与えて仕事をさせる、という仕事である。
どんな作業ならソフトウェアにやらせることができるのか? この問いにはいろいろな答え方ができるが、一番分かりやすいのは、「パッケージ・ソフトウェアによって自働化できる業務」だ。世の中にはさまざまなパッケージ・ソフトウェアが存在しているが、ここでは一例としてERP(統合基幹システム)を取り上げる。
要は、ERPが提供している機能なら、ERPにやらせることができる。ということは、ERPがやれる定型業務(をホワイトカラー社員にやらせること)の価値はゼロになった。だから欧米企業はこぞってERPを導入して、その部分をヒトから剥がしてERPにやらせ、ホワイトカラー社員にはそれ以外の非定型業務をさせるようになっていったのである。
Excelが存在しているがゆえに、電卓での計算をさせなくなったのと同じ構図である。ERPだけではない。それがどんな業務プロセスであろうと、定型でありソフトウェア化できる業務であれば、それらは全てソフトウェアに任せて4ゼロで処理させることができる。ソフトウェア化したら「価値がゼロ」になる業務であるにもかかわらず、それを社員にやらせ続けるのは、前回の記事で紹介したように、大野耐一氏がいう「人間性の尊重」にもとることになる。
もちろん、ソフトウェアといえど初期費用はかかる。従って、小規模な企業では相対的にその初期投資がしにくく、結果ソフトウェア化が遅れる傾向にあった。
一方、社員数が1000人を超えるような大手企業では、いったんソフトウェアに人間の知恵を付けて自働化させることができると、その恩恵が何十人、何百人、何千人もの社員に及ぶので、効果に大きなレバレッジがかかり、それは以後、半永久的に寄与する。よって特に欧米では大企業のホワイトカラーの生産性が高くなっていったのである。
著者情報:村田聡一郎
SAPジャパン株式会社 コーポレート・トランスフォーメーション ディレクター
外資系IT企業、スタートアップを経て、2011年SAPジャパン入社。「ITではなく経営目線から」を信条とし、顧客の企業変革に伴走する。
海外事例にも精通し、講演・執筆など多数。著書に「ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか〜日本型BPR 2.0」「Why Digital Matters? 〜“なぜ”デジタルなのか」(プレジデント社)。SAP「COO養成塾」事務局長。白山工業株式会社 社外取締役。「合い積みネット」共同創業者。米国ライス大学にてMBA取得。
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