子どもにもウケた【推しの子】 人気のワケと思わぬ「副作用」:廣瀬涼「エンタメビジネス研究所」(1/2 ページ)
【推しの子】人気が止まらない。大人だけでなく、子どもにも大ヒットしているようだが、そのワケは【推しの子】が「あるニーズ」の受け皿になっていることにある。しかし、思わぬ副作用も出てきているようで……
2024年11月14日発売の「週刊ヤングジャンプ」50号の掲載をもって『【推しの子】』の連載が終了した。
本作は、主人公の青年が死後に前世の記憶を持ったまま、推していたアイドルの子どもに生まれ変わる転生ストーリーだ。サスペンス要素や現代社会を投影した展開、芸能界の闇へ切り込むリアルさが人気を博す。
コミックの累計発行部数は1800万部(2024年8月現在)を突破し、2023年にはアニメ化も実現した。主題歌であるYOASOBIの『アイドル』は、YouTubeで5億回再生を記録し(2024年10月時点)、Billboard JAPANチャートにおけるストリーミングの累計再生回数は8億回を突破するほどの大ヒット。主題歌に後押しされるようにアニメ第1期も大成功を収めた。
海外の大手アニメ情報サイト「MyAnimeList」では、9000以上の作品の中で総合ランキングで100位以内(2024年11月時点)に位置し、アニメ情報サイト「Anime Trading」における2023年度総合アニメランキングでは2位を獲得するなど海外のアニメファンからも高い支持を受けている。
2024年7月にはアニメ第2期が放送開始。今後もアニメ第3期の放送や舞台化、ドラマ化など、多岐にわたるメディアミックスが決定している中での連載終了にショックを受けたファンも少なくはないだろう。
【推しの子】はなぜ、子どもにも人気? あるニーズの受け皿に
【推しの子】は、メディアミックスにとどまらず、さまざまな企業とのコラボ実績も持つ。先日、その一つである「築地銀だこ」とのコラボたこ焼き(現在は終了)を買うために列に並んでいたところ、「あ! アイドルだよ! アイドルのたこ焼きだよ!!」という弾んだ声が聞こえてきた。幼稚園児くらい女の子がポスターに描かれた「アイ(星野アイ)」を指さしながら、父親にたこ焼きを買うようにおねだりしていたのだ。
その子にとって、ポスターに写っているアイは【推しの子】の登場人物ではなく、YOASOBIの『アイドル』に登場する可愛らしい女の子なのである。その時ふと、【推しの子】作者の一人である横槍メンゴ氏のXの投稿を思い出した。
子ども受けする美少女キャラクターのデザインや、多岐にわたるメディア露出、楽曲『アイドル』が幼稚園や保育園のお遊戯会で使用されているなど、青年誌掲載の作品であるにもかかわらず、【推しの子】というコンテンツは作者が予想していた以上に、子どもたちから支持されている。
青年誌掲載であるがゆえに、【推しの子】のストーリーは過激な描写も少なくない。子どもたちが消費しているデザインもしくは音楽の側面としての【推しの子】と、ストーリーとしての【推しの子】を親御さんがすみ分けてほしいと、作者自らが警鐘を鳴らしているわけだ。
この投稿は今から1年前のアニメ第1期が終わったころにされたもので、当時も子どもたちからの人気が高かったことがうかがえる。それから1年経ち、その市場はさらに拡大し、今では子ども向けの【推しの子】市場も成立している。
例えば、マンガの世界に没入できるイベント「マンガダイブ『【推しの子】』スーパー・イマーシブライブ」(現在は終了)では、9月21日に小学生を対象とした『【推しの子】オリジナルペンライト工作ワークショップ』を開催した。
ワークショップに参加した小学生は入場無料、同伴の大人はチケットが別途有料という料金体系で、まさにこの日は小学生がメインターゲットの日だった。
イベントでいえば、筆者が足を運んだ「【推しの子】祭りin西武園ゆうえんち」や「有馬温泉×【推しの子】有馬温泉を盛り上げちゃおう!presented by JR東海」においても、いわゆるオタクよりも子連れの家族が多かったように思う。
楽曲に合わせてサイリウムを振ってイベントを楽しんだり、親の手を引きながらスタンプラリーのポイントへ駆けまわったりする姿が散見された。中には、7月に発売したユニクロと【推しの子】のコラボUTを着ている子どもたちもいた。ユニクロ公式サイトで商品を見てみると100〜160センチメートルとまさに3、4歳から小学生を対象としたサイズ展開となっていた 。
他にも集英社が小中学生のために展開する「集英社みらい文庫」からノベライズが出版されたり、テレビ東京系列で放送されている子ども向けバラエティ番組「おはスタ」で【推しの子】特集が放送されたり(2024年9月2日)など、小学生が日常的に話題とするであろう流行コンテンツの一つとして享受されている。
とある【推しの子】のイベントで、娘に連れられて参加した家族に話を聞くことができた。その子は小学3年生でアイがデザインされたTシャツを着て、カバンには作中で主人公の「星野ルビー」が所属するアイドルグループ「B小町」の缶バッチやぬいぐるみをつけていた。
彼女いわく、配信サービスなどで【推しの子】が配信されているのは知っているが、対象年齢に到達していないため作品自体は見たことがないという。
ただ、YOASOBIの『アイドル』でアイのことを知り、YouTubeの【推しの子】チャンネルに投稿されているB小町の楽曲を楽しみ、TikTokやYouTubeに溢(あふ)れるアニメの切り抜きや他のユーザーが投稿しているまとめ動画であらかたストーリーを理解し、踊ってみた・歌ってみた動画などの他人の2次創作を楽しんでいるとのことだ。
学校の友人の中には本編を見ている子たちもいるが、切り抜きやまとめ動画の知識だけでも十分に話題についていけるし、内容よりかは登場人物たちのかわいいシーンを見ることが楽しいそうだ。
彼女の親御さんも、家のテレビで頻繁に流れるB小町の楽曲やまとめ動画の影響で、キャラクターを認知しており、グッズを買ったり、イベントに参加したりなど、【推しの子】が家族で楽しめるコンテンツになっていると話してくれた。
筆者が話を聞いた小学生のように、【推しの子】のキャラクターに対する「推したい」という気持ちが物語から起因するものではなく、その見た目(記号)や音楽といった表層的な要素が理由になっている子どもたちも少なくはないようだ。
またAKB48以降、アイドルという職業が偶像から「身近な憧れ」という位置づけに変化したことや、SNSの普及に伴いYouTuberやインフルエンサーが増えたことで、有名になることや芸能人になることへの憧れ自体も身近なモノになっている。
化学メーカーのクラレ社が2024年4月に小学校に入学する子どもを対象に実施した「将来就きたい職業調査」によると、女の子のランキングで「芸能人・歌手・モデル」は2位に。2023年(7.3%)から大きくポイントを伸ばし、12.4%から支持された。
アイドルグループが旋風を巻き起こした2010年代に比べるとここ数年は低調だったようだが、久々の10%超えで、ピークだった2014年(時期で言うとAKB48が『恋するフォーチュンクッキー』をリリースしたころ)にも迫る勢いだ。内訳を見ると、8割以上がアイドル志望で、10年ぶりにアイドル熱が高まっているのが分かる。
このように、「アイドル」というコンテンツそのものが子どもからのウケがいい中で、大衆的な人気を誇るYOASOBIが「アイドル」という子どもたちにも関心の高い題材をテーマに曲を作成し、PVでは完全無欠のアイドルとしてアイが描かれ、その曲をきっかけに【推しの子】というコンテンツを覗くとルビーがアイドルを目指しているわけで、小学生の女の子たちに刺さる要素が満載といえる。彼女たちはアイやルビーのようになりたいのだ。
また、【推しの子】がヒットした要因として、小学生の女の子を対象としたアニメが、メインターゲットが4歳から9歳である「プリキュアシリーズ」以降なく、小学校高学年向けのコンテンツが存在しないこととした分析もある。
小学校の高学年や中学生の女子においては、より流行やドラマや音楽番組など芸能コンテンツを消費するようになったり、身近な姉や母が消費しているコンテンツを一緒になって消費するようになったりと、上の世代向けのコンテンツへと移行していく。【推しの子】は、そのような背伸びをしたい消費者の受け皿になっているともいえるかもしれない。
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