子どもにもウケた【推しの子】 人気のワケと思わぬ「副作用」:廣瀬涼「エンタメビジネス研究所」(2/2 ページ)
【推しの子】人気が止まらない。大人だけでなく、子どもにも大ヒットしているようだが、そのワケは【推しの子】が「あるニーズ」の受け皿になっていることにある。しかし、思わぬ副作用も出てきているようで……
星野アイを「記号」として消費する子どもたち
背伸びしたコンテンツと言えば、ここ数年は黒やピンクを基調としたフリルやリボンが多い衣服、涙袋や垂れ目を強調したメークを好む「地雷系・量産系」と呼ばれるようなアイコンが子どもたちから「かわいい」の対象として消費されてきた(参照:日本経済新聞「地雷系・量産型女子 広がる」)。
少女向け雑誌『りぼん』2022年11月号をみると、いわゆる地雷系ファッションの女の子が表紙を飾っている。ハロウィン期間のため掲載作品のキャラクターたちが「地雷系・量産系」のコスプレをしているだけで、ストーリーの文脈とは関係はないとのことだが、ハロウィンの仮装としてそのようなファッションが選ばれているのは、読者層がそのようなファッションや、そのようなファッションをする女の子が登場するコンテンツに憧れがあるからだろう。
例えばレンタル彼女、パパ活、整形、ホスト狂いなどをテーマにしたマンガ『明日、私は誰かのカノジョ』がSNSで話題になり、ドラマ化されたのがまさに2022年のことだ。
決して子ども向けとは言い難く、【推しの子】同様に子どもたちが目にすべき内容ではない箇所も多いわけだが、SNSというゾーニングがほぼ不可能であるツールによって、マンガの試し読みやコンテンツの切り取りなど、対象年齢に満たない層の目にもさらされていた。
レンタル彼女、パパ活、整形そのものに対する憧れというよりは、そのような大人向けコンテンツに出てくる美少女像(表層的な)に憧れを持つには十分すぎる接点だ。その中でも登場人物の「ゆあてゃ」のデザインは典型的な「地雷系・量産系」であり、ゆあてゃをはじめとした「地雷系・量産系」をモチーフにしたイラストやファッション、コンテンツが子どもたちにとって「かわいい」記号として浸透していった。
極め付きは、2022年11月にリリースされたHoneyWorksの『可愛くてごめん feat. ちゅーたん(早見沙織)』の大ヒットだ。SNSやTikTokを中心に広がった同曲の主人公・ちゅーたんが「地雷系・量産系」であったことで、「地雷系・量産系」=かわいいの結びつきがより強固なものとなった。
今や小学生向けの「地雷系・量産系」の洋服も売っており、中でもしまむらではインフルエンサーとコラボし、小学生から大人まで着れるサイズを展開していた。
記号としての「地雷系・量産系」においては「かわいい」というコンテクストが成立する。一方で、パパ活、整形、ODなど、子ども向けでないコンテンツや社会問題、そのような女性に対するステレオタイプ、もしくは彼女たちの属性を示す記号としても成立しているのではないか。
このような「かわいらしさ」の影に潜む負の感情、狂気、精神的な病理などは「病みかわいい」と呼ばれている。包帯、眼帯、錠剤、注射器といった「病」を想起するアイコンや、ナイフや銃といった武器がアイコンとして用いられ、その表現には「死」の影がちらつく。
不安定な思春期の感情と親和性が高く、10代後半や20代の若者においては自身を投影し、影響を受ける可能性もあると思う。しかし、一般的に小学生がそのようなコンテクストを知ったうえで、そういったファッションを消費しているかと言えば懐疑的だ。
前述した『可愛くてごめん feat. ちゅーたん(早見沙織)』の続編『すきっちゅーの! feat. ちゅーたん』においてもパパ活やいじめを想起させるようなシーンがあるが、そのようなストーリーやコンテクストよりも楽曲そのものを自身で踊ったり、歌ったり、創作コンテンツとしてYouTubeやTikTokで消費されている。
あくまでも彼女たちは、その背景にあるコンテクストを理解しているのではなく「リボン」や「ピンク」といった表層的な記号の組み合わせや、かわいいインフルエンサーや漫画のキャラクターが着ていることを理由にかわいいと認識しているに過ぎないと思う(小学生においても自身の境遇によっては、病みかわいいというアイコンそのものが自身を肯定してくれる存在となり、パパ活、OD、自傷行為などを助長する可能性はあることは留意したい)。
これは【推しの子】においても同じことが言える。過度な露出や公序良俗に反するような、子どもに悪影響を与えるキャラクターデザインだとしたら、子どもの中で消費されるのは好ましくない。しかし、【推しの子】のイラストや音楽に限って言えば、子どもが消費することもそこまで問題ないのではないだろうか。
なんなら、プライムタイム(午後7〜11時)のテレビ番組や、子どもたちから人気のあるYouTuberの動画の方がグレーに感じるようなコンテンツも多数存在する。
青年誌コンテンツ、問題は消費者側にも
冒頭で述べた通り、【推しの子】作者が親御さん向けにゾーニングを求めたように、コンテンツ供給サイドも、青年誌掲載コンテンツであるという認識の中で子どもたちからの需要に応えようとしている。
問題は消費者側の情報取得環境だ。どれだけ自衛していても有害コンテンツや有害コンテンツを含む広告が溢(あふ)れ、SNSには成年向けのコンテンツの切り抜きやネタバレに関わるような投稿だらけだ。見ないようにしていてもそのようなコンテンツが年齢フィルターやアダルトカテゴリーフィルター、ミュートワードなどの網を潜り抜けてスマホに表示される。
【推しの子】においても少し調べてしまえば、ショッキングな展開が子どもたちの目に晒(さら)されてしまう。子どもたちに【推しの子】コンテンツを一切消費させないようにすれば簡単かもしれないが、人気コンテンツを取り上げてしまうのは、学校での友達とのコミュニケーションにおいて負の影響を及ぼすだろうし、何より好きなモノを取り上げてまで規制するのはなんとも味気ない。
『鬼滅の刃』とある意味同じだ。子どもウケする要素が満載だが、よくよく見ると「子ども向けコンテンツではない」「見せるべきではない」といった世論も生まれた。しかし、禁止したところで、興味があれば子どもはいくらでもそのコンテンツとの接点を持とうとする。
取り上げるのではなく、センシティブなコンテンツだからこそ保護者が記号(表層)としての消費までにゾーニングし、安全に消費させることが、「ゾーニングすべきコンテンツ」と「ゾーニングできない情報取得環境」との関わり方の一つの方法であると筆者は考える。
著者紹介:廣瀬涼
1989年生まれ、静岡県出身。2019年、大学院博士課程在学中にニッセイ基礎研究所に研究員として入社。専門は現代消費文化論。「オタクの消費」を主なテーマとし、10年以上、彼らの消費欲求の源泉を研究。若者(Z世代)の消費文化についても講演や各種メディアで発表を行っている。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」、TBS「マツコの知らない世界」、TBS「新・情報7daysニュースキャスター」などで製作協力。本人は生粋のディズニーオタク。瀬の「頁」は正しくは「刀に貝」。
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