「データ重視」でWeb流入3倍に アステラス製薬のMRが挑んだCX改革:アドビが聞く「実践! CX改革」(3/4 ページ)
優れたCXを実現すれば、顧客満足度を向上させるだけでなく、ブランドの差別化や優位性を確立させ、どんな状況でも「選ばれる」存在へとなることができる。アステラス製薬はコロナ禍でパーソナライズを中心にしたCX改革を進め、それまでバラバラだったデジタルチャネルと営業チャネルの連携を実現。メールからのWebサイト来訪率を約3倍まで伸ばしたほか、営業に渡すホットリードのインサイトの質、数を大きく向上させたという。
MRが「足で稼ぐ」→データ重視の営業へ
松井: 営業面での課題はいかがですか?
大石: 製薬業界には特有の難しさがあります。
それは、購買プロセスが首尾一貫していないこと。例えばSaaS事業であれば、「顧客がウェビナーを視聴して個人情報を登録、ホワイトペーパーをダウンロード。そしてMAでタッチポイントを増やし、営業に渡して売り上げを立てる」というプロセスを追えますが、製薬会社はそのプロセスが分断されています。
製薬会社の営業先は医師であり、エンドユーザーである患者さんに直接営業はできません。薬は医師が直接製薬会社に発注するのではなく、間に入っている卸事業者に注文する仕組みです。製薬会社の売り上げは「医薬品卸に納品した時」になりますが、実際にその薬がどれだけ医師から処方されているのかは分かりません。この購買プロセスが首尾一貫していない点に、製薬業界の営業・マーケティングの難しさがあります。
松井: 「プロセスを最後まで追えない」という課題は、パートナービジネス主体の企業と共通しますね。日本のB2B企業はパートナービジネスが多いので、共感する方も多いと思います。
松井: 現実の売り上げまでプロセスが追えない課題があるなか、どのようなKPIを設定しているのですか?
大石: WebはPVや来訪者数のほか、ターゲット層の補足率を見ています。なかでも重視しているのは資料のダウンロード数とブックマーク数です。ダウンロードもブックマークも後々読み返すためのものなので、「すでに情報を必要としている可能性が高い」と見ているからです。
もちろん、本当にそうなのかという検証はできません。売り上げとの相関関係で「ここが伸びると売り上げにつながる」と考えているのですが、効果検証やKPI設定は今も業界全体の課題なんです。
メールはクリック率と開封率をKPIとして設定しています。
松井: パートナービジネス主体の企業の方も、KPI設定や効果検証に関しては同じ悩みをお持ちです。多くの場合、まずはパートナーマーケティングとしてパートナーのエンゲージメント向上に注力していますし、パートナー用のCRMと連携して最終プロセスまで追うケースもあります。
松井: パーソナライズでどのように顧客体験を向上しているのか、営業・マーケティングプロセスの連携はどのようになっているのか、流れを教えてください。
大石: 何よりも実現したかったのは、訪問者一人一人に対して見え方が最適化された動的なWebサイト作りでした。そのセグメント分けに必要なのが「属性」と「行動」データです。
属性とは、医師、薬剤師、看護師などの職種が代表的です。各職種で求める情報が違うので、まずは属性に基づいたパーソナライズを行います。
もう1つはWeb閲覧などの行動データです。ユーザーごとの行動を分析し、「この属性の人がこういう行動をしていたら、こんなニーズがあるのではないか」と仮説を基にカスタマージャーニーを設計し、データ基盤の類似モデルを使ってセグメント化しました。こうしてユーザー体験を可能な限り高めていきます。
そうして生成したUIをA/Bテストして検証し、さらに検証データを分析ツールで分析。そこで反応の良かったUIに関しては、CMSにUIコンポーネント(部品)として蓄積していく流れです。
製薬分野の研究開発は日々進んでおり、医薬品が持つ情報も変わる可能性があります。そのアップデートに耐えうるためにもコンポーネント化はとても大切で、運用上の大きな変更がないように汎用性の高いコンポーネント開発を重視しています。
そして営業につなげるために、MAを活用し、Web行動のスコアリングを行ったり、特定のアクティビティをトリガーとして設定し、そのアクティビティを行ったユーザーがいれば営業担当者にホットリードとして通知を出すといった仕組みを整備したりしました。
MAではオプトインした医療従事者に対し、各人の属性情報に加えてメール開封時間などもA/Bテストで最適化して送信することで、パーソナライズされた情報提供を実現しています。
実は以前は、新しいコンテンツが公開されるとMRが医師の元を訪ねてお知らせしたり、手動で案内メールを送付したりするのが主流でした。でもデジタルチャネルに呼び込むために人のリソースを使うのは非効率ですし、現在は業界全体で人的リソースの最適化が進行しており、MRの人員縮小化も進んでいます。そこでメールマガジンを中心としたメールでWebへの流入を促し、エンゲージメントが出たらMRに通知して訪問するようにプロセスを転換しました。
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