スッキリしない「年収の壁」議論 「103万円の壁」だけを取り上げる違和感:働き方の見取り図(3/3 ページ)
「年収の壁」をめぐる議論が後を絶たないが、どこかぼんやりとして実像がつかみきれない。103万円だ106万円だ130万円だ――と、ゾンビのように現れる年収の壁をクリアになるように整理する。
「103万円の壁」だけを取り上げる違和感
国民民主党が所得税における「103万円の壁」対策を掲げていますが、年収の壁対策という観点からすると数多ある壁の一部でしかありません。他に会社が独自に支給する家族手当による103万円の壁もありますし、社会保険の壁と103万円の壁との混同、制度が複雑で分かりにくいため「103万円以内に抑えておけば損はないだろう」という割り切ったスタンスなども見られます。103万円の壁は、単に税金だけの問題とは言い切れません。
また、106万円や130万円といった社会保険の年収の壁は超えると働き損が発生します。所得税がかかっても、納税者本人に働き損は発生しない103万円の壁とは異なる点です。そのため、岸田政権で導入された年収の壁・支援強化パッケージは106万円と130万円の壁だけを対象にしています。
さらに、見過ごしてはならないのは「時間制約の壁」の存在です。年収の壁でもっと働きたくても就業時間が妨げられている人の多くは扶養枠内で働いている主婦層ですが、もし年収の壁が取り除かれたとしても際限なしに働けるようになるわけではありません。家事や育児、町内会やPTA、介護など家周りの仕事に時間を費やさなければならないからです。
これら家オペレーションによって生じる時間制約の壁は、基本的に女性の前に立ちはだかっています。時間制約の壁がなければ、働きたい人は長時間働くことができます。そうすれば働き損を超えて収入を増やせるので、年収の壁など気にしなくて済みます。専業主婦家庭において仕事に専念できる夫は、そもそも年収の壁を気にしたりしません。
先に挙げたように、年収の壁によって妨げられているのは就業時間と労働力確保、そして財源確保です。しかし、年収の壁が取り除かれても、その後ろに控えている時間制約の壁に阻まれて就業時間と労働力確保は妨げられ続けることになります。年収の壁も強固な壁ですが、時間制約の壁も、家庭ごとの家オペレーションに起因する一筋縄ではいかない高い壁です。
時間制約の壁というラスボスがそびえる手前に、さまざまな種類の年収の壁が、山脈のように幾重にも連なって立ち並んでいます。それらは税金、社会保険、各会社が支給する手当てと異分野にまたがって続いているだけに厄介です。
年収の壁ならぬ「年収の山脈」が連なる中、所得税が徴収される条件である103万円の壁だけを取り上げて、年収の壁対策のように見る向きがあることには強い違和感を覚えます。最低賃金が大きく上がり続ける中、所得税の徴収下限を103万円から引き上げること自体は合理的ですし、手取りを増やす効果があります。それは、物価高に苦しむ家庭が多い状況を考えても大いに歓迎される施策に違いありません。
ただ、年収の壁という観点とは切り離す必要があります。103万円だけでなく、いま撤廃などが検討されている106万円も130万円も個々の山でしかありません。さらに時間制約の壁という巨大な山も連なっています。それらを一塊の山脈と見なさずに施策を進めても、どれかひとつに手を打って一段落したと思いきや、また別の壁がゾンビのごとく現れるという事態を繰り返すことになるのではないでしょうか。
著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員の他、経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声を調査。レポートは300本を超える。雇用労働分野に20年以上携わり、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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