ルンバ“没落”──株価は20分の1に iRobotに残された唯一のチャンスは?:古田拓也「今さら聞けないお金とビジネス」(2/2 ページ)
ロボット掃除機「ルンバ」は、当時の家電市場に革命をもたらした。開発・販売を手がけるiRobotは2021年に株価は史上最高値を更新したが、なんと現在の株価は約20分の1。同社とロボット掃除機市場に何が起きたのか。苦境の中、起死回生の一手はあるのか。
市場の飽和と需要の停滞
さらに、ロボット掃除機市場が成熟する中、目立った技術革新が見られなくなってきたことも価格競争が激化した要因であるといわれる。ロボット掃除機の技術は2020年代に入ると標準化が進み、各社の製品に大きな性能差がなくなった。
例えば、センサーによるマッピング機能や吸引力の向上は、現在ではほとんどの製品が備えているため、消費者が新モデルに魅力を感じにくい状況だ。この結果、製品サイクルが長期化し、買い替え需要のペースが落ち込んでいる。
さらに、新興市場での成長も限定的である。アジアや南米といった地域では、ロボット掃除機の価格が依然として高く、消費者の購買力や物件の広さやスペックに見合わないケースも多い。これに対し、中国企業はより低価格帯のモデルを展開することで、ある程度のシェアを確保しているが、iRobotは価格競争に対応しきれていない。
「AIブーム」が起死回生のチャンス?
このように、ロボット掃除機市場を支えてきた技術革新が一部停滞しているのは事実だが、その一方で、新たな方向性が模索されている。現在の製品は、清掃、障害物回避、マッピングといった基本的な機能が標準化され、消費者にとっての新鮮味を欠いている。しかし、「フィジカルAI」(Physical AI)の発展が、こうした状況を変える可能性を秘めている。
フィジカルAIとは、ロボットが物理的な環境と高度に相互作用し、自律的に学習しながらタスクを最適化する技術を指す。この分野では、掃除以外の家事や家庭内サポートにも応用可能なロボットの開発が進んでいる。
例えば、清掃以外にも家具の移動や物品整理など、より高度で多機能なロボット掃除機が登場することが期待されている。また、機械学習やセンサー技術の進化によって、部屋の状況や住人の行動パターンを分析し、適応的に清掃プランを変えるような「賢い」掃除機も生まれ得る。
さらに、フィジカルAIの進化に伴い、ロボット掃除機がスマートホームの中核デバイスとしての役割を果たす可能性もある。家庭内のIoTデバイスと連携し、掃除だけでなく空調管理やセキュリティチェックなどを自動化する「マルチタスク型デバイス」として進化することが考えられる。このような展望は、従来の掃除機という枠を超えた新しい市場を切り開く鍵となるだろう。
ロボット掃除機の分野において技術革新が行き詰まり感を見せている現状にもかかわらず、フィジカルAIをはじめとする次世代技術の活用により、ロボット掃除機市場には大きな成長の余地が生まれたと言える。
ロボット掃除機市場が直面している課題は、競争激化、技術革新の停滞、そして市場飽和による需要の減少と多岐にわたる。しかし、この市場が完全に終焉を迎えたわけではない。iRobotをはじめとする企業が、新たな価値やサービスを創出することで、再び成長軌道に乗る可能性は十分にある。
特に、スマートホームの一部としての連携機能の強化や、新興市場への価格競争力を持った製品展開は、その鍵となるだろう。今後の挑戦が市場にどのような変化をもたらすのか、注目していきたい。
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