OpenAIを凌ぐ技術は“本物”か 中国発「DeepSeek」でAI市場はどうなる:古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」
中国のDeepSeekの登場で、AI市場が新局面を迎えている。これからの市場はどう変化していくのか。懸念される「第二波」とは?
ITmedia デジタル戦略EXPO 2025冬
ビジネスパーソンが“今”知りたいデジタル戦略の最前線を探求します。デジタル経営戦略やAI活用、業務効率化など、多岐にわたるビジネス課題を解決。
【注目の基調講演】人を増やさずに業績を上げる AI時代の業務効率化とは?
筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら
AI業界では、米OpenAIがGPTシリーズを通じて圧倒的な市場シェアを獲得し、米GoogleのGeminiや米AnthropicのClaudeといった競合企業が後を追う形が続いていた。
しかし、ここにきて新たな強敵が登場した。それが中国のDeepSeek(深度求索)社である。
杭州で設立されたこの企業は、2023年の創業からわずか1年足らずでGPT-4oに匹敵する性能を持つ大規模言語モデル(LLM)を開発し、OpenAIに対抗し得る存在として注目を集めている。
特に世間を驚かせたのは、DeepSeekがうたう「低コスト・高効率」なAI開発手法である。
OpenAIの「GPT-4」には1億ドル(約150億円)以上のトレーニングコストがかけられた。これに対し「DeepSeek-R1」はたった600万ドル(約9億円)で開発されたとされる。推論に必要な計算資源も従来の10分の1程度で済むと報じられており、企業や個人ユーザーにとって低コストで利用できるAIとして急速に認知を拡大している。
青ざめている関係者も少なくないはずだ。現行の生成AIに何百億円・何千億円もの投資を発表してきた企業にとっては、会社の命運を変えるほどの影響があるかもしれない。
もし、本来はあまりコストがかからないはずのAI学習について、15倍以上も余計なお金を払って開発しているとしたら、会社の損害も莫大なものになるだけでなくAI競争でも敗北することが必至となるだろう。
世界の金融市場は大混乱
実際に、その不安は世界の金融市場にも打撃を与えた。
2025年1月、DeepSeekが無料のAIチャットbotアプリをリリースし、米国のiOS App Storeでダウンロード数トップに躍り出たことで、投資家の間に不安が広がった。米Nvidiaの株価はこのニュースを受けて18%下落し、時価総額は90兆円消失した。
90兆円消失といえば、日本の上場企業における時価総額TOP3のトヨタ自動車、三菱UFJフィナンシャルグループ、ソニーグループがまとめて蒸発したのと同じくらいのインパクトだ。
OpenAIの成長を支えてきた米Microsoftの株価にも影響が及んだことで、その影響は市場全体に波及した。「DeepSeekの登場により、OpenAIやマイクロソフトの競争優位が損なわれる」との見方が「AI分野において米国が中国に後れを取るのではないか」という警戒感にまで発展したようだ。
しかし、「DeepSeekショック」は長続きしなかった。「パクリ疑惑」や「イデオロギー的な回答の自主規制」が指摘され始めたからだ。
「パクリ」なのか? データの出どころと倫理的問題
DeepSeekの急成長に対し「技術の模倣ではないのか?」という疑念も浮上している。特に、トレーニングデータの出どころが不透明である点が問題視されている。
MicrosoftとOpenAIは、DeepSeekがOpenAIのデータを不正に取得し、自社のAIモデル開発に利用した可能性を指摘している。具体的には、DeepSeekがOpenAIのAPIを通じて大量のデータを取得し、その出力結果を自社モデルのトレーニングに活用したのではないかという疑惑だ。
その中身は「知識の蒸留」などと呼ばれている方法で、大規模なAIモデルの知識をより小規模なモデルに移行しながら訓練することで、安価に大規模モデルと同等の性能を具備するというものだ。
しかし、万が一そのような行為が行われていたとしたら、知的財産権の侵害やAPI利用規約違反に該当する可能性があるだけでなく、基盤となる技術の存在も疑わしくなる。そのような疑惑が表面化してからは、株式市場も落ち着きを取り戻した。
本当に怖いのは「第二波」?
また、一部ではDeepSeekの政治的な中立性に疑問符をつける声もある。例えば、中国当局に対して不利な情報や政権幹部に関する質問内容については回答を差し控える傾向があると指摘されている。DeepSeekが今後国際市場に進出する際、この点も大きな障害となる可能性があるかもしれない。
一方で、DeepSeekはオープンソース戦略を積極的に採用しており、技術開発をコミュニティーに開放することで競争力を高めようとしている。仮にDeepSeekが上記の疑念を払拭(しょく)し、オープンソースの戦略が成功すれば、開発者の支持を集め、さらに強力なエコシステムを構築できる可能性もある。そうなれば第二次DeepSeekショックが発生するリスクもあるため油断は禁物だろう。
AI市場は今、新たな局面を迎えている。DeepSeekが中国市場を制するのはほぼ確実だろうが、世界市場での覇権争いはまだ決着がついていない。技術革新、コスト構造の変化、倫理問題、そして地政学的な要因が絡み合いながら、今後のAI競争はますます激化していくだろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
ルンバ“没落”──株価は20分の1に iRobotに残された唯一のチャンスは?
ロボット掃除機「ルンバ」は、当時の家電市場に革命をもたらした。開発・販売を手がけるiRobotは2021年に株価は史上最高値を更新したが、なんと現在の株価は約20分の1。同社とロボット掃除機市場に何が起きたのか。苦境の中、起死回生の一手はあるのか。
“時代の寵児”から転落──ワークマンとスノーピークは、なぜ今になって絶不調なのか
日経平均株価が史上最高値の更新を目前に控える中、ここ数年で注目を浴びた企業の不調が目立つようになっている。数年前は絶好調だったワークマンとスノーピークが、不調に転じてしまったのはなぜなのか。
孫正義氏の「人生の汚点」 WeWorkに100億ドル投資の「判断ミス」はなぜ起きたか
世界各地でシェアオフィスを提供するWeWork。ソフトバンクグループの孫正義氏は計100億ドルほどを投じたが、相次ぐ不祥事と無謀なビジネスモデルによって、同社の経営は風前のともしび状態だ。孫氏自身も「人生の汚点」と語る判断ミスはなぜ起きたのか。
農林中金が「外国債券を“今”損切りする」理由 1.5兆円の巨額赤字を抱えてまで、なぜ?
農林中央金庫は、2024年度中に含み損のある外国債券を約10兆円分、売却すると明らかにした。債券を満期まで保有すれば損失は回避できるのに、なぜ今売却するのか。
ブックオフ、まさかの「V字回復」 本はどんどん売れなくなっているのに、なぜ?
ブックオフは2000年代前半は積極出店によって大きな成長が続いたものの、10年代に入って以降はメルカリなどオンラインでのリユース事業が成長した影響を受け、業績は停滞していました。しかしながら、10年代の後半から、業績は再び成長を見せ始めています。古書を含む本はどんどん売れなくなっているのに、なぜ再成長しているのでしょうか。


