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山手線が39年ぶりに運賃アップ、JR東日本が発足以来「初値上げ」の意味杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/5 ページ)

JR東日本は2024年12月6日、2026年3月に運賃を値上げする旨を発表した。今回は1987年のJR東日本発足後、初の運賃値上げとなる。JR東日本が開業以来、なぜ税抜き運賃の値上げをしてこなかったか、なぜいきなり大幅な値上げを発表したかを考えてみたい。

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共通のコスト基準は国が決めている

 それでは、鉄道にとって適切な運賃とはなにか。必要なコストに対し、社会情勢を考慮した適正な利潤を加えたものとなる。鉄道事業法第16条第2項には、「鉄道事業者が定めた運賃等の上限が、能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないもの」となる。これを総括原価方式といい、1999年の鉄道事業法改正で導入された。

 ところが、ここにも問題がある。コストを高く見積もれば、その分の総括原価を上げて値上げしやすくなる。この問題を防ぐ仕組みが「ヤードスティック」方式だ。線路費、電路(架線や変電設備)、車両費、列車運転費、駅務費などに含まれる人件費と経費について、業界標準となるコストを算定する。これはJR、大手私鉄、地下鉄の区分でまとめられる。基準コスト金額より高い会社には想定増収を低く見積もり、値上げ幅を抑えてコストカットを促し、基準コストより低い会社は想定増収を高く見積もり、運賃の認可を受けやすくする。


鉄道の運賃は総括原価方式で審査され「儲かりすぎないように」決められる(出典:国土交通省、第5回 交通政策審議会 鉄道運賃・料金制度のあり方に関する小委員会

 ところがここでも「適正な利潤とはなにか」という問題がある。ほかの民間企業は利益が大きくなれば株主や従業員に還元できる。それが新たな投資を生み、従業員の待遇を改善すれば、人材の確保にもつながる。ところがJR、大手私鉄、地下鉄は利益を大きくする要素を認めてもらえない。公共性を重視するあまり、運賃を低く抑え続けると、鉄道会社の成長が難しくなる。

 特にヤードスティックの区分がJR、大手私鉄、地下鉄に分かれ、基準コストが異なるため、不公平でもある。JRも大手私鉄も地下鉄も並行する区間がある。それらが異なる基準コストを持ち、国の認可を左右するとなれば、運賃の上限に差が出て競争力に差が出る。

 そこで、国土交通省も制度の見直しを決めた。総括原価の算定方法を2024年4月1日に改定し、27年ぶりに改めた。総括原価制度そのものは残すけれども、ヤードスティック方式の計算方法と収入現価の算定を見直す。また収入原価のうち人件費について、将来にわたって必要な人材を確保できるよう、適正な賃金上昇を反映させる。

 原価計算の項目では、これまで3年分しか認められなかった減価償却費について、3年を超えて算入できるように改める。設備投資を加速させるため、設備投資計画の確認を条件として、総括原価に含めるようにした。

 JR東日本の運賃改定は、新しい総括原価制度のもとで計画された。コスト算入の緩和は上限運賃の緩和に結びつく。今後は他のJR各社や大手私鉄も値上げする可能性がある。国がそれを適正だと判断するならば受け止めるしかない。

 ただ一つ言いたいことは、今後、30年以上据え置きで一気に値上げというスタイルは勘弁願いたい。カップヌードルのように、世間の景気を見ながら少しずつ値上げする、そんな運賃制度をつくっていただきたい。

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICETHREETREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。


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