昨今日本のインバウンド市場は急速な回復と成長を見せており、各自治体が対応に追われている。2024年の訪日外国人旅行者数は、コロナ禍前の2019年比で115.6%に達しており、多言語対応やデータ活用が急務とされている。
そんな中、リクルートの観光に関する調査・研究、地域振興機関「じゃらんリサーチセンター」(以下 JRC)は、自治体・DMO(観光地域づくり法人)が生産性高くインバウンド推進するための生成AI活用の実証実験を実施している。
静岡県熱海市をモデルケースに、観光マーケティングのデータ分析、多言語対応、地域情報発信を生成AIで効率化したところ、業務負担を最大約15分の1に削減できたという。
実証実験の内容を詳しく見てみよう。
限られたリソースで多言語対応、マーケティング強化 生成AI3つのアプローチ
熱海市は、国内外からの観光客が多く訪れる人気エリアである一方、インバウンド対応の本格化を進める段階にあり、限られたリソースの中で効率的なマーケティングと多言語対応が求められていた。
実証実験では3つの主要なアプローチを用いて、生成AIの効果を検証した。
(1)AIインバウンドマーケティングツールの活用
生成AIを活用し、台湾・香港・米国市場を中心に訪日旅行者の行動特性やニーズを分析。口コミや掲載記事、検索トレンドなどのデータを組み合わせ、熱海市の競争優位性や訴求ポイントを明確化した。
台湾・香港・米国市場への訪日プロモーションを実施している専門家へのヒアリングをして、AIによる分析の精度や妥当性を検証した。
(2)AI分析支援による観光データの活用
観光案内所が日々収集する訪日観光客の問い合わせデータを生成AIで要約し、頻度高く関係者と共有する仕組みを構築。これにより、観光案内所スタッフの業務負担を軽減するとともに、滞在中のインバウンド対応を強化した。
(3)AI多言語ツールによる情報発信の最適化
既存の観光情報を英語・中国語に翻訳し、その品質をネイティブチェックで評価。さらに、観光案内所の問い合わせデータをもとに、最新の観光情報を多言語発信できるようにする仕組みを構築した。
生成AIを活用することで、SNSやWebサイトの各タッチポイントに応じた適切な表現を瞬時に生成できるようになった。
成果は?
実証実験を通じて、マーケティング分析、データ活用、多言語対応の3つの領域で顕著な成果を得たという。
マーケティング分析の効率化では、市場別の訪日旅行者の特徴や行動特性を分析し、競争優位性を明確化することが可能に。
また、生成AIを活用することで、通常のマーケティング分析に比べて作業時間を約15分の1に削減した。従来は多言語の記事や口コミを手作業で収集し、翻訳・要約する必要があったが、AIを活用することで迅速かつ正確な分析が可能になった。
データ活用では、観光案内所で蓄積されている訪日観光者の問い合わせデータを要約・分析し、頻度高く自治体やDMOの関係者と共有できるようになった。これにより、観光案内所のデータを迅速に活用できるようになり、地域のインバウンド対応の意思決定をスピーディーにできるようになる。
旅ナカデータの分析に係る工数は約4分の1に削減された。これまでは、エクセルデータやメールで送られる箇条書きの情報を手作業でまとめる必要があったが、生成AIが自動でデータを整理・要約することで、関係者が瞬時に情報を把握しやすくなった。
多言語対応では、今回観光情報の翻訳を(1)機械翻訳システムでの翻訳、(2)ChatGPT4oにプロンプト指示して対象の日本語文章を多言語化する「ChatGPT ローカライズ翻訳」、(3)日本語文章なしでプロンプト指示する「ChatGPT 多言語文章新規作成」──の3パターンで実施した。英語、中国語ともにネイティブチェックで翻訳精度は高い評価を得たという。
3パターンを比較し、Webサイトに掲載できるレベルか5段階評価(※)をしたところ、機械翻訳システムが平均2.9点(英)/3.0(中国)、ChatGPT ローカライズ翻訳が4.0(英)/4.4(中国)、ChatGPT 多言語文章新規作成が平均 3.9(英)/4.0(中国)という結果に。
※5:ネイティブ並みで最適掲載可、4:自然で違和感なく掲載可、3:問題なく掲載可能だが改善余地あり、2:不自然さが目立ち掲載には不向き、1:意味不明で掲載不可
また、従来の翻訳作業に比べて工数は約12分の1に削減できた。InstagramやWebサイトなど、タッチポイントごとに最適な表現を即時に生成できるため、観光情報の発信スピードも大幅に向上した。
熱海市インバウンド戦略検討チームは今回の実証実験を経て、「生成AIを活用することで、限られたリソースの中でも効率的に情報発信ができることを実感した。特に、誰でも迷うことなく必要な情報を抽出できる点は非常に有効だと感じた」とコメントした。
「市だけでなく、関係団体や地域の事業者とも情報を共有することで、地域全体で統一した視点を持ち、戦略を進められると考えている。今後も積極的に活用し、さらなるインバウンド対応の強化につなげていく」
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