日本で「新卒からジョブ型導入」は難しすぎる? 企業が制度設計に頭を抱えるワケ:労働市場の今とミライ
富士通は2026年度から新卒一括採用を撤廃し、ジョブ型を取り入れると発表した。日本版ジョブ型を取り入れる企業もあるが、筆者は新卒採用に適用するのは難しいと考えている。その理由は。
転職の促進を掲げる政府は労働市場改革の一環としてジョブ型雇用を推奨している。2024年8月に政府は「ジョブ型人事指針」(2024年8月28日)を公表、続いて厚生労働省も今年2月にジョブ型賃金である「職務給の導入に向けた手引き」を相次いで出している。
さらに初任給の大幅な引き上げや春闘の賃上げに合わせてジョブ型を導入する企業も増えており、“年功型VS.ジョブ型”の様相を呈している。
例えば、初任給の引き上げは新人にとっては大歓迎であるが、大幅に引き上げると先輩社員との間に逆転現象が発生する。少なくとも20代の社員は初任給の引き上げに応じてベースアップする必要があるが、全社員の給与を引き上げれば人件費の増大は避けられない。ジョブ型の導入はその解消策の一つでもある。
ジョブ型賃金(職務給)は欧米では主流の賃金制度だが、給与は担当する職務(ポスト)ごとに決まる「仕事基準」であり、職務が変わらない限り、賃金も固定されて変わらない「脱年功型」賃金でもある。
給与を増やすには自ら高いポストに必要なスキル修得が求められる一方、逆にポストの職責を果たしていないと見なされると降格も発生する。ジョブ型賃金はジョブグレード(等級)にひも付いて給与が決まるが、等級やポストの数を一定に抑制すれば人件費が急激に膨れ上がることもない。
また、いわゆる年功型賃金は経済学的には若年層の働きに見合った賃金を抑制し、40代以降にその分を加味して支払う“後払い型”であるが、ジョブ型賃金は職務に見合う“時価”で支払われるため、年功型に比べて優秀な新卒や中途採用者に高い給与を提示することも可能になる。実はジョブ型の導入の理由の一つには優秀な新卒・中途を採用したいという狙いもある。
その他にジョブ型雇用の特徴として、欧米では会社が必要とするジョブ(職務)で雇用契約を結ぶ。従って、人事異動や転勤を求める場合は、本人の同意を必要とするなど人事権を制限している。また、新卒一括採用という概念がなく、新卒・中途に限らずスキルレベルに応じてジョブグレード(等級)に張り付ける「欠員補充方式」が一般的だ。
富士通、一括採用廃止 2026年度からジョブ型に
学生のジョブ型志向を受けて、ジョブ型採用を実施する企業も増えつつある。経団連の「2024年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」(2025年1月21日)によると、新卒でジョブ型採用を実施している企業は16.5%、今後について採用割合を増やすとした企業は25.7%に上っている。また、経験者採用でのジョブ型採用は44.2%、今後採用割合を増やす企業が15.5%もある。
こうした中、富士通は2026年度から新卒一括採用を廃止し、新卒・既卒者に限らず、職務ごとに必要な人数を通年で募集すると発表した。一律の初任給も廃止し、若手でもスキル次第で高いレベルの仕事に就き、高い給与を得られるようにするという。欧米のジョブ型雇用に近い仕組みといえる。
しかし富士通のように多くの企業が新卒一括採用をやめて新卒・既卒に関係のない「欠員補充方式」を採用したら、欧米のように若年失業率が高まることになりかねない。
日本版ジョブ型の課題
そして年功型企業と新卒一括採用は相補的に結びついているため、安易にジョブ型だけを取り入れるのは難しい。日本ではスキルを持たない学生を採用する以上、入社後に戦力となるよう育成しなければならず、そのために会社や部門主導で異動・配置を行う必要がある。実は日本企業がジョブ型導入に躊躇(ちゅうちょ)する理由もここにある。
年功型の人事制度を導入している中堅プラント設備会社の人事部長は「入社後はいろいろな仕事をさせてみないと本人も会社もどんな仕事に向いているのか適性が判断できない。ジョブ型人材だけになると、育成のためのジョブローテーションによってさまざまな仕事を修得させるための異動をさせられなくなり、組織としての柔軟性が失われてしまうのではないかという心配もある」と語る。
政府も含めてジョブ型導入推進派からは「新卒一括採用、会社主導の異動は、企業から与えられた仕事を行うことになり、従業員の意思による自律的なキャリア形成が行われにくくなる」との批判がある。しかしそれは即戦力となる新卒者の存在が前提となる。「この仕事をやってみたい」学生はいても、「この仕事ができる」学生が極めて少ない現状で、入社段階でのジョブ型採用は難しいだろう。
こうした懸念は日本のジョブ型企業も共通する。ジョブ型を謳(うた)う企業の中には、非管理職層については年功型の人事制度で運用し、管理職以上はジョブ型に転換する企業も珍しくない。
大手食品メーカーは管理職以上の役職者に対してはグローバル共通のジョブグレード(職務等級)制度を導入しているが、新人を含む非管理職には導入していない。その理由について同社の人事担当者は「若いときはいろいろな仕事に挑戦する。例えば、商品開発部門ではそれぞれがさまざまなプロジェクトに参加することで経験を積んでいく。それをジョブ型なのでこの仕事だけやってくれとなると、若手の活躍や成長の阻害要因になると考えたので、あえて入れていない」と語る。
つまり人材育成と本人の成長の観点からあえてジョブ型にしていないのだという。仮に本人が一定の仕事を経験し、この職務を極めたいと思えば「異動申告制度がある。社員は5つまでやりたい仕事を記入でき、会社は社員の意向をくみつつ事情に応じて異動させるようにしており、自律的なキャリア形成を支援している」(人事担当者)という。
また、大手IT企業の場合は、総合職コースとは別にスペシャリストコースを設けた。スペシャリストについては仕事の要件を細かく規定したジョブ型を導入するとともに、総合職コースは役割を大くくりに定義した役割グレード制度を導入している。総合職コースは主任、係長、課長、部長などポジションや役職と給与がひも付いているが、スペシャリストはジョブグレードで給与が決まる。
つまり同時に2制度を走らせているのだ。最初は総合職で入り、本人の希望を踏まえ、上司と相談してスペシャリストコースに移行するようにしている。なぜ2つの制度を並立させているのか。同社の人事担当者は「当初はジョブ型の導入も検討した。しかし全員のジョブディスクリプション(職務記述書)を書いて、その仕事だけをやってもらうのは難しいと考えた。特に新人は仕事を固定しづらい部分もある。いろいろな分野を経験してから、自分で決めてもらいたいと考えた」と語る。
日本企業のジョブ型といっても多様だ。前出の富士通のように欧米に近いジョブ型を模索している企業もあるが、多くは食品メーカーやIT企業のように日本型人事制度と折衷したジョブ型を運用しているのが実態だ。今後、どのように進んでいくのかは未知数だが、明らかなのは大学卒業時点のスキルではジョブ型に移行するのは難しいという点だ。
欧米のような職業専門大学は日本に少ない。加えて在学中にインターンを経験したり、大卒後に特定の企業で1〜2年かけてスキルを磨いて大企業に入社したりする土壌も整備されていない。学生を送り出す側の大学の職業教育のあり方を含めて、完全ジョブ型に移行するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
著者プロフィール
溝上憲文(みぞうえ のりふみ)
ジャーナリスト。1958年生まれ。明治大学政治経済学部卒業。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。『非情の常時リストラ』で日本労働ペンクラブ賞受賞。
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