「ご当地VTuber」人気、じわり拡大 大手事務所や企業VTuberにない「強み」:廣瀬涼「エンタメビジネス研究所」
「ご当地VTuber」がじわじわ存在感を増している。大手事務所や企業VTuberほどの資金はないが、彼らにはない「強み」があり……。
「いつか私が運営するサイト『ご当地VTuber図鑑』を取材いただけたら嬉しいなと思い、ご連絡させていただきました٩(๑oωo๑)۶」――2年前、突然送られてきたメールだ。
それが埼玉県所沢市のご当地VTuber「沢ところ」との出会いであった。ちょうど筆者がVTuberに関するレポートを書いていたころだったので、興味がありコンタクトを取ってみた。
VTuberとはYouTube上で、2Dもしくは3Dのキャラクターで活動するYouTuberを指す。VTuberは2016年に活動を開始した「キズナアイ」の人気をきっかけに続々と誕生し、2017年には「VTuber元年」が到来。市場規模は2017年の219億円から、2022年には約2.6倍の579億円規模に拡大すると予測されていた。
そこから、VTuber市場は大きく拡大していき、調査によれば2023年度の国内のVTuber市場規模は約800億円と推定されていた(参照:ITmedia NEWS「VTuber市場、2023年度には800億円に到達見込み 「同人誌」や「TCG」と同規模に 矢野経済研調べ」)。
ご当地VTuber リソースは限られるが、大手事務所や企業系VTuberにない強み
中でも地域の魅力PR、ご当地情報の発信を主たる目的として活動する「ご当地VTuber」と呼ばれるジャンルが存在する。彼女たちは大手事務所で活動するVTuberや、企業系VTuberほど知名度があるわけではないが、地元の魅力を伝えたいという熱意は熱く、今後彼女たちがゆるキャラのように地域に密着して観光振興や地域活性化に貢献していくと筆者は考えている。
沢ところも2021年11月にデビューしたご当地VTuberの1人で、埼玉県所沢のグルメ・観光・イベント情報を発信している。
初めてインタビューした2023年当時の彼女の実績は、埼玉りそな銀行と電子通貨のコラボレーション、地元のラジオや所沢に店舗を構えるドン・キホーテの公認VTuber、ビックカメラの所沢駅店オリジナルキャラクターとのコラボレーションなど、地元に密着しながら多岐にわたって活動の幅を広げていた。
その中でも、ひときわ異色なのがメールにも記載があった「ご当地VTuber図鑑」のWebサイト開設であった。
彼女いわく、他のご当地VTuberを参考にしていたらどんどんハマっていったが、一覧サイトがなかったため自分で作ることを思い立ったというのだ。Webサイト制作に関する知識がなかったため、パソコン教室に通い、サイトを立ち上げ、そこに掲載したいご当地VTuber一人一人に掲載依頼・素材の提供依頼をかけ、彼女は1人でWebサイトを運営してきた。Webサイトをオープンした2022年11月1日には60人を掲載、筆者の取材当時は130人以上が掲載されていた(2025年3月時点232人掲載)。
ご当地VTuberの大半が個人で活動しており、ノウハウを自分で築かなくてはいけない。特に企業案件など大きな事務所や市町村公認で活動しているVTuberは、企業にとって窓口が分かりやすくコラボもしやすいが、個人では活動が軌道に乗るまで依頼が来なかったり、自分で営業をしたりする必要がある。沢ところは「ご当地VTuber図鑑」がプラットフォームのように、ご当地VTuberと各地の都道府県や市町村、企業、メディアとの接点になることを強く望んでいた。
通常VTuberは視聴者にエンターテインメント性を提供することに注力する。しかし、ご当地VTuberは地元の魅力を伝える点に大きな目的や使命感を抱いていることを、あらためてインタビューを通して認識した。
ただ、コンテンツが地元の話題に限られてしまうため幅広い層に自身の活動をリーチしにくく、特に個人で活動する上では企業などとのコラボレーションは大きなハードルとなる。その中で「ご当地VTuber図鑑」は企業とご当地VTuberとの接点となり、活動の幅を広げるプラットフォームになるだろう。
また「ご当地VTuber図鑑」は事務所ではないため、案件主とご当地VTuberが直接コミュニケーションを取れる。当サイトを運営する沢ところが関与せずに契約締結できる点に特異性を感じた。
沢ところ自身は自分のためにWebサイトを作ったと話しているが、個人で活動するご当地VTuberにとっては無料で自身を知ってもらうきっかけとなったり、そのサイトに登録されている他のご当地VTuberに対して帰属意識を見いだしたりしやすくなる。「自分以外も頑張って活動しているのだ」というモチベーションを得られる場を提供しているという観点からも、まだまだ発展途上のご当地VTuberというジャンルに大きな貢献をしていると筆者は当時考えていた。
ご当地VTuber図鑑、書籍化 活動の枠広がる
それから、時は流れて2025年。Xを眺めていたところ、「ご当地VTuber図鑑」書籍化のニュースを目にし、2年ぶりにインタビューを実施した。
この2年間での大きな変化はコロナ禍の影響がなくなったという点であるが、VTuber界でもコロナがあけて大きな変化があったようだ。コロナ禍はインターネット空間でのイベントが多かったが、現在では有観客のリアルイベントが各地で開催されている。コラボカフェやコラボショップ、トークイベント、VTuber活用に関する講演会など、実際に多くの人が1つの場所に集まって、VTuberを間近に感じられるイベントが増えているようだ。
沢ところ自身の活動も、より現実世界と密着した活動が増えている。2024年12月には「所沢警察署犯罪抑止広報大使」に就任。埼玉県内での「VTuber×警察署」の企画は初めての試みだ。沢ところ自身にとっても初の公的機関コラボであった。
警察署が毎年配布している犯罪抑止カレンダーデザインに起用され、所沢の神社や、警察署主催のイベントで配布された。また、埼玉県警の公式YouTubeにオリジナルコンテンツを投稿するなど、VTuberならではの啓発活動も行っている。
中でも筆者が興味を持ったのは「沢ところの書道教室」なるイベントだ。2025年1〜2月に開催された本イベントは、所沢市の山口および椿峰地区とその周辺地域で、子どもへの配食支援や地域交流の場を提供している「一般社団法人つばきのわ」との共同企画だった。
つばきのわから、地域の子どもたちに楽しんでもらえるような企画をしたいという相談を受け、教育師範の資格を持つ彼女が書道体験を提案したことから始まったそうだ。
この企画では、赤い羽根募金の助成金を活用し、会場設営や道具などの準備をしたという。VTuberと赤い羽根の共同募金。一見結びつきがなさそうな要素であるが、VTuberも生身の人間と変わりはなく、その人の特技や意思が地域福祉の推進につながることが分かる。「地域に根差した活動」という観点でご当地VTuberへの大きな可能性を感じたが、1つ疑問も生まれた。
廣瀬: 画面越しにどうやって添削とか指導するんですか?
沢ところ: リモートでは難しいので、自分で衣装を作って、リアルの世界でも見える姿でイベントを開催しました!!!!
廣瀬: は?
それはもうVTuberではないのでは? と思ったが、確かに彼女のように個人で活動しているVTuberは、大手の事務所に所属している人気VTuberと異なり資本に限界がある。なにより、彼女のアバターは彼女自身が自ら作成したモノであり、技術面でも実現が難しいことの方が多いように思われる。
ある意味、姿を見せないことがVTuberの人気の理由でもあり、生身の姿を見せることはVTuberのイメージに影響を与えかねないという点でリスクだ。それでも彼女は笑いながら「子どもたちのために何かしたかったので実現できてよかったです!」と話した。
北海道と栃木県には、実際に「2.5次元ご当地VTuber」として活動するVTuberもいるという。資金面や技術面で難しいことを「生身を使う」というある意味タブーな手段を取ってでも実現し、地域の魅力の発信や貢献したいという熱意には驚かされる。
「ご当地VTuber図鑑」の書籍化については、Webサイト立ち上げ時からの夢だったという。2023年から、さまざまな出版社に書籍化の企画を持ち込み、その中でアニメ・コミック・ゲーム関連商品の販売チェーン店を運営するアニメイトが興味を持ち、子会社のメロンブックスから協力を得られた。
沢ところ自身が構成・掲載者の情報取りまとめ、デザイン案制作、公式Webサイト制作など書籍に関わる全てを担当し、メロンブックスからはデザインのみ協力を得るという取り決めの下、約1年かけて作成した。100人以上のご当地VTuber情報に加え、観光地・グルメ情報・方言なども盛り込んだ観光誌となっている。「るるぶ」や「まっぷる」を意識しているそうだ。
本著の特徴は特集コーナーだ。沢ところの特技が書道であったように、イラストや漫画を描くこと・写真を撮ること、専門的知識を持っていること、英語が話せることなど、ご当地VTuberの十人十色な特技を紹介。
また、リアルイベントを開催しているVTuber、警察署とコラボをしているVTuber、自治体公認で活動しているVTuberなど、ご当地VTuberが実際にどのような活動をしていて、どんな地域貢献をしているのか、どんな活用方法があるのか、どんな活躍の場があるのかをファン・自治体・企業など、それぞれの視点から参考になるような特集を組んでいる。
出版後、沢ところは国会図書館をはじめ、全国の観光課や図書館の他、「内閣官房 新しい地方経済・生活環境創生本部事務局」への献本も実現。地域のために活動をしている若い世代がいることを知ってもらう機会を得たと彼女は喜んでいる。
国内大手VTuberプロダクションのANYCOLORが運営する、にじさんじ所属のバーチャルライバー「周央 サンゴ」によって志摩スペイン村が注目されたように、地域の魅力を熟知しているご当地VTuberの存在は、今後よりいっそう観光振興や地域活性化に貢献していくと筆者は考えている。
著者紹介:廣瀬涼
1989年生まれ、静岡県出身。2019年、大学院博士課程在学中にニッセイ基礎研究所に研究員として入社。専門は現代消費文化論。「オタクの消費」を主なテーマとし、10年以上、彼らの消費欲求の源泉を研究。若者(Z世代)の消費文化についても講演や各種メディアで発表を行っている。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」、TBS「マツコの知らない世界」、TBS「新・情報7daysニュースキャスター」などで製作協力。本人は生粋のディズニーオタク。瀬の「頁」は正しくは「刀に貝」。
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