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米国債「格下げ」なのに、市場は“驚くほど冷静”──なぜか?古田拓也「今さら聞けないお金とビジネス」

米大手格付け機関の「ムーディーズ」が5月16日、米国債の長期格付けを最上位から引き下げた。しかし、市場は驚くほど冷静だ。

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筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


 米大手格付け機関の「ムーディーズ」が5月16日、米国債の長期格付けを最上位の「Aaa」から「Aa1」に1段階引き下げた。

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(提供:ゲッティイメージズ)

 1919年以来、米国債はいずれかの格付け機関では常に「トリプルA」の評価を堅持してきた。しかし、米国債は今回、初めて全ての主要格付け機関によって最高ランクから格下げされたことになる。

市場は「驚くほど冷静」

 格付け機関による米国債の格下げは、たびたび金融ショックをもたらしてきた。しかし、格付け期間の影響力は年々低下しているように思われる。

 欧州債務危機と米議会による債務上限交渉の停滞が重なった2011年8月、S&Pが米国債の格付けを「AA+」へ引き下げた際、株式市場は急落した。一方で、米10年債にはリスク回避の資金が流れ込み、利回りは2.3%台へと低下する大きな変動が発生した。

 しかし、2023年8月にフィッチが米国債を格下げした際、一時的に市場は混乱したが数日で平静を取り戻した。そして、今回の格下げにおける市場の反応は驚くほど冷静であった。

 米10年債利回りは4.56%まで上昇したが、その後4.4%台へとすぐに落ち着きを取り戻した。ダウ平均株価は前日比0.3%安で取引を終え、格下げによる株価急落といった事態には至っていない。

 米国のベッセント財務長官が「格下げは遅行指標に過ぎない」と速やかにコメントしたことも、市場心理の早期安定化に寄与した。

米国の財務状況への期待値が低い?

 今回の格下げが緩やかに収束した背景には、慢性的な財政赤字が市場の前提条件として認識されていることがあるだろう。

 格付けの引き下げは確かにセンセーショナルな出来事ではあるが、市場参加者はすでに米国の財政赤字や金利高を織り込んでいる。

 格下げは既定路線と見なされており、「トリプルA」の有無が市場を左右する段階は既に過ぎているとの見方が広がっていた。こうした事前認識が市場の動揺を抑えた側面も小さくない。

信用評価の「脱格付け」は進むか

 米国債の格下げが市場でショックにならなかった背景には、「格付け離れ」が進行していることも挙げられるだろう。

 これは、2008年の世界金融危機の際に、格付け機関に対する市場の信頼が大きく揺らいだことに起因する。当時、サブプライムローン関連商品に最上級の格付けを与えていた格付け機関が結果的にリーマンショックを招いたとの批判もあるほどだ。

 その後、機関投資家の間では格付けに限らず、独自のリスクモデルによる信用評価が定着してきた。現在では、格付けは絶対的な指標ではなく、一つの「参考値」にすぎない存在になりつつある。

 こうした信用評価の多元化と、格付け機関への依存度の低下によって、信用機関が米国債を格下げする頃には機関投資家はそのリスクを独自に織り込んでいた可能性が高い。

 今後も「脱格付け」の動きが加速するにつれて、信用格付け機関の市場における影響力は矮小化されていくことだろう。

日本企業への直接的影響はさらに小さい

 日本企業にとっても、今回の格下げの影響はごく限定的と見られている。2023年度の日本企業によるドル建て社債発行額は過去最高を記録したが、現時点でスプレッド拡大は数ベーシスポイントに過ぎず、投資家の需要も堅調だ。

 事業活動においては、格付けの変動よりも実勢の金利水準の方がはるかに重要だ。市場の需給が潤沢な限りは、為替ヘッジコストの上昇や米国の金融政策の不透明さの方が、資金調達戦略に与える影響は大きいのである。

 今後、日本における政策金利の高まりに伴い、場合によっては日本国債なども「格下げ」となる場合があるかもしれない。しかし、市場全体が格付け機関の評価に依存せず、独自にリスクを測る「自律的な視座」を持ち始めている今、日本国債の格下げが実際に起こった際も、うろたえる必要性は乏しいだろう。

 むしろ、個別の格付け動向を追うのではなく、内外における市中金利や需給構造、為替リスクといった現実の市場変化を観察していくことが今後、企業が戦略を練る上でより重要となってくるだろう。

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