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赤字覚悟か 備蓄米「1キロ400円」、ファミマ“破格の価格設定”の狙い古田拓也「今さら聞けないお金とビジネス」

ファミリーマートが6月上旬から、備蓄米を1キロ当たり400円という破格で販売するとの報道が、注目を集めている。都心部のように店舗密度が高いエリアはともかく、それ以外の地域では流通コストの上昇により、備蓄米単体でみた収益はほとんど出ないか、場合によっては赤字覚悟の可能性もある。なぜファミマはこの施策に踏み切るのか。

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筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


 ファミリーマートが6月上旬から、備蓄米を1キログラム当たり400円という破格で販売するとして、注目を集めている。

 現在、ブランド米の店頭小売価格は平均で5キロ当たり約4200円だ。これに対し、ファミマが取り扱う予定の備蓄米は5キロ換算で2000円で、半額以下の水準となる。

 小泉進次郎農林水産大臣は5月24日、一般的なマージンを踏まえて試算すれば、5キロ2000円台での販売を実現したい旨を述べた。ファミマの報道はそこから3日足らずの出来事である。

 全国に約1万6000店の店舗網を展開するファミマが、この水準で備蓄米を流通させた場合、収益を確保することは可能なのか。2022年産の備蓄米の政府売渡価格は60キロ当たり1万1010円で、5キロに換算すると917.5円となる。

 都心部のように店舗密度が高いエリアはともかく、それ以外の地域では流通コストの上昇により、備蓄米単体でみた収益はほとんど出ないか、場合によっては赤字覚悟の可能性もある。なぜファミマはこの施策に踏み切るのか。

集客コストとしての「戦略的赤字」?

 多くのメディアが指摘するように、今回の価格設定は、あらかじめ採算性を度外視した「集客装置」としての役割を担うことは間違いないだろう。

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(提供:ゲッティイメージズ)

 物価高により中食や日用品への支出が抑制される中、スーパーやディスカウントストアと比べて割高な印象が強いコンビニ業界は来店者数が伸び悩んでいる。

 しかし「1キロ400円」という明快かつ競争力のある価格設定は、価格感度の高い層を店頭に呼び込む強力な訴求力を持つため、事実上、大きな広告効果をもたらす。

 1キロ単位での販売とした点も戦略的だ。米は購入頻度は高くないが、5キロ以上では“カゴが重く”なる。仕事帰りに気軽に買うことが難しくなり、利益率の高い他の商品との併買が減る傾向がある。

 小分けするコストをあえてかけてでも、1キロパックとすることで「ついで買い」を促し、来店頻度や客単価の向上につなげる狙いがありそうだ。

購入制限だけでは不十分、転売リスクにどう備えるか

 しかし、低価格での販売は転売を誘発するリスクもある。

 たとえ店舗ごとに購入制限を設けたとしても、それだけでは複数の店舗を巡って大量購入する、いわゆる「ハシゴ転売ヤー」への実効性は乏しい。これは、セブン-イレブンが販売していたYouTuberコラボ商品「みそきん」でも同様で、1店舗1点の制限を設けても品薄状態が続き、転売ヤーの出現を招いた。

 そして、備蓄米はみそきんのような商品カテゴリーとは異なり、コロナ禍におけるマスクと同様の性質を有する。買い占めによって本来必要とする層に行き渡らなくなれば、消費者の期待はそのまま失望に変わり、下手な売り方をしてしまった企業という烙印を押される可能性すらある。慎重な対策が求められる。

 例えば、FamiPayやアプリ会員を通じた限定販売であれば、購入履歴をもとに制限をかけることが可能だ。ただし、こうしたデジタル施策は高齢者や非会員層の排除につながるおそれもあると言われるが、そのような例外的な事例にとらわれていたら実施できるものも実施できなくなってしまう。そのような特殊事情においては店舗などで柔軟に運用することで対応可能できるはずだ。

 加えて、メルカリやラクマ、PayPayフリマなど主要フリマサイトとの連携も視野に入る。現在は、フリマサイトなどでコメは普通に出品されているが、備蓄米が出てきた場合、今までとは異なる特別な対応が必要になるだろう。

 ポケモンやBANDAIといった企業が限定商品や抽選商品の転売防止に取り組む中、備蓄米についても出品の監視体制を構築する必要がある。

 販売と転売、両面において網を張ることで、実効性のある転売抑止策につながるはずだ。

伊藤忠の「三方よし」が支える背景

 今回の価格設定には、単なる集客や採算を超えた企業理念もにじむ。

 ファミマの親会社である伊藤忠商事は、2000年代以降、エネルギーや資源といった典型的な商社ビジネスから派生して、生活消費財に力を入れるようになってきた。

 伊藤忠は、近江商人の理念に基づく「三方よし」の企業精神を有する。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」という、単なる収益性にとどまらず社会的な意義と顧客満足を重視する姿勢が、今回の施策にも反映されていると考えられる。

 ファミマによる備蓄米の低価格販売は、食料不安や物価高という社会課題に対する民間企業としての一つの応答と言える。

 競争が激しさを増すコンビニ業界において、ファミマは単なる利ざやを追うのではなく、社会との接点を強めることで中長期の信頼を得ようとしている。

 利益を度外視した価格設定は、逆説的ながらも、企業の持続的な競争力を測る指標の一つになりつつある。

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