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信用が崩壊した日──いわき信用組合「247億円不正融資」はなぜ起きたか古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」

地方金融の土台とも言える信用組合。その「信用」の文字が、組織ぐるみの不正融資によって土台から揺らいでいる。

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筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


 地方金融の土台とも言える信用組合。その「信用」の文字が、組織ぐるみの不正融資によって土台から揺らいでいる。

 福島県のいわき信用組合が関与した総額247億円に上る不正融資事件は、SNSにおける告発を端緒に、金融庁からの業務改善命令、そして経営陣総退陣という異例の事態へと発展した。

 事件の本質は、単なる一信用組合の腐敗ではない。地域金融全体が抱えるガバナンスの盲点が露呈したと見るべきだろう。

SNS投稿が暴いた“組織ぐるみ”の実態

 発端は2024年9月、X(旧Twitter)における元職員を名乗るアカウントの告発だった。そこには、いわき信組が長年にわたって不正融資と粉飾決算を組織的に隠蔽(ぺい)してきた旨が記されていた。

 投稿を受け、全国信用協同組合連合会(全信組連)や福島財務事務所が調査を開始。11月には外部弁護士・公認会計士からなる第三者委員会を設置し、2025年5月に243ページに及ぶ報告書を公表した。

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 その内容は衝撃的だった。2004年から約20年にわたり、迂回融資と無断借名融資という二重構造によって、取引先企業グループに不正に資金供給をしていたというのだ。

架空法人と借名口座が支えた二重スキーム

 報告書によれば、いわき信組は実体のないペーパーカンパニー3社(P1〜P3社)を使って「X1社グループ」への資金供給を迂回融資の形式で実行。その額はおよそ99億円に達した。

 さらに同信組は、個人の同意を得ないまま名義を借用する「無断借名融資」を繰り返した。その総額は約148億円に上る。

 借名先は一般顧客や関係者であり、組合内部で作成された「借名リスト」には詳細な管理記録が残されていた。

 驚くべきは、その資金の一部が前述の迂回融資の返済や役職員の横領損失の穴埋めにまで使われていたという点である。もはや金融機関の体をなしていない。

ガバナンス不全と監査の形骸化

 最大の問題は、こうした不正が20年近くも組織的に隠蔽され、誰一人として外部への告発に踏み切れなかったことだ。内部統制が事実上崩壊していたと言える。

 報告書では「特定の幹部による人事権掌握」「極端な上意下達体質」「監査・稟議・審査の機能不全」が繰り返し指摘されている。例えば、融資を提案した部署がそのまま審査・承認を行うなど、牽(けん)制機能がまったく働いていない「自作自演」ともいうべきプロセスが日常と化していた。

 さらに、会計監査人による形式的な監査や、全信組連による検査でも問題の核心は発見されず、第三者委員会によるデジタルフォレンジック調査(デジタル機器からデータを収集し、不正を明らかにする調査)によってようやく隠蔽資料や削除データの存在が明らかになった。

地域密着の逆説、親密すぎる関係の罠

 実効性に対する疑いの目は、監査人という会社法上の制度にも飛び火している。

 信用組合は本来、地域の中小企業や住民との相互扶助を掲げた“顔の見える金融”を理念としてきた。だがその親密性が、時として過剰ななれ合いや忖度(そんたく)を生み、ガバナンスの穴を生む。

 いわき信組のケースでも、長年の取引関係にある企業グループとの「特別な関係」が放置され、やがて規則となれ合いの境界は曖昧(まい)になっていった。

 特定の出資者・関係者に対しては、融資と出資がセットになった資金循環型取引が実施され、出資比率を人為的に高める行為まで確認された。これは純粋に顧客資産を特定企業へそのまま供与したといっても過言ではない。

連鎖的影響も

 影響は信用組合内部にとどまらない。いわき信組は福島県内でも一定の地盤を持つ信用組合であり、地元中小企業との取引も多い。

 その金融機関が不正資金の提供元であった事実は、地元金融機関に対する信頼の喪失を招く。とりわけ借名口座に無断で名義を使われた顧客の心理的ダメージは大きく、法的責任の所在も争点となるだろう。

 さらに、類似のガバナンスリスクを抱える地方金融機関への波及懸念も無視できない。人口減・高齢化が進む中、信金・信組は地域における最後の資金供給者としての役割がある。その信頼が揺らげば、地方経済は末端から崩壊してしまう可能性すらあるのだ。

内部告発から“外部告発”時代へ

 かつて企業の不正は、内部告発窓口や監査委員会を通じて、静かに組織内で処理されるのが常だった。しかし近年は、その内部ルートがまったく機能しないばかりか、かえって内部告発者が特定されることで窓際部署へ左遷されたり、退職に追い込まれたりと不利な扱いを受ける例が後をたたない。

 結果として、従業員や関係者が最後の手段としてSNS上での暴露に踏み切る事例が増えている。

 このような暴露がSNSで行われると、内部告発で処理されるよりも大幅に企業の価値は毀損される。情報は制御不能に拡散し、ガバナンスの機能不全が浮き彫りになる。地元の信頼が生命線である地方金融機関にとっては、失った信用の再構築は極めて困難だ。

 匿名性の確保、報復の禁止、第三者機関による検証体制の整備といった仕組みが整備されていれば、不正の芽が非公式ルートにさらされる前に自社で公表できたはずだ。内部告発制度を誠実に運用し、早期に問題を吸収・是正する姿勢こそが、企業価値を最終的に保護する防波堤となり得る。

 企業にとって最も高くつくのは、不正そのものではなく、それが表沙汰になるプロセスである。いわき信組の教訓は、すべての組織にとって無視できない事件であるはずだ。

 信用とは、日々の姿勢の積み重ねで築かれるものである。いわき信組が失った信用は、単なる内部告発の制度改正では取り戻せない。新しい経営陣のもとで、”馴れ合い”にならないための”自律”をどう再構築できるかにかかっているだろう。

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