「GIGAスクール構想」立ち上げで陣頭指揮 文科省「文教政策トップ」に聞く:日本のデジタル教育を止めるな
教育デジタル化の大きな転換点となった「GIGAスクール構想」はなぜ必要だったのか。審議官としてGIGAスクール構想立ち上げの陣頭指揮をとり、現在は文部科学審議官である矢野和彦氏に、MM総研代表の関口和一氏がインタビューで迫る。
スウェーデン教育政策のアナログ回帰などを取り上げ、メディアは教育デジタル化の弊害や課題を報じている。2019年末から整備されたGIGAスクール環境の端末1人1台化の仕様に対し「特定メーカーへ誘導があったのではないか?」などいろいろなことが取りざたされた。
教育デジタル化の大きな転換点となった「GIGAスクール構想」はなぜ必要だったのか。第1期が終わり、その評価はどうか。これから日本の学校がめざすデジタル活用とはどのようなものか?
審議官としてGIGAスクール構想立ち上げの陣頭指揮をとり、現在は文部科学審議官である矢野和彦氏に、MM総研代表の関口和一氏がインタビューで迫る(関口氏の発言を――としています)。
(右)矢野和彦 文部科学審議官、(左)MM総研代表取締役所長の関口和一氏。矢野氏の経歴は以下の通り。1994年に文部省入省。2019年1月、文部科学省大臣官房審議官(初等中等教育局担当)。2021年9月に文部科学省大臣官房長。2023年8月、文部科学省初等中等教育局長、2024年7月 文部科学審議官。徳島県出身、59歳
GIGAスクールの成果と課題 「1人1台端末」の舞台裏は?
――GIGAスクール構想の第1期が終わり第2期になったところで、これまでの事業をどのように評価していますか。
「学校の風景が大きく変わりつつある、あるいは変わった」と評価できるのではないかと考えています。ハード面の話になりますが、それ以前は3人に1台という整備目標でしたが(注1)、1人1台の端末がある風景が当たり前になりました。
3人に1台では「常にPCやタブレットを授業に生かす」という風景ではないわけです。そこに大きな転換がありました。
文部科学省もGIGAスクール構想を立ち上げる当時「ICTに対して本気じゃなかった」と言うとちょっと言い過ぎかもしれませんが、2008年頃に「スクールニューディール構想」がありましたが、予算の減額もあり、やや中途半端な感じになってしまった。
2019年1月に初等中等教育局の担当審議官になると、与党や政府部内のさまざまな会議で「いつまでたったら(学校の)ICT環境が良くなるんだ!」という声を浴び続けました。デジタル化が進まないことに対するマグマが世の中、与党内にも政府部内にも相当たまっているなと強く感じました。
編集(注1)スクールニューディール構想によるGIGAスクール構想以前は、毎年およそ1805億円の地方交付税措置が続き、端末を3人に1台環境を目標とするなどの整備が続けられてきた。その当時は1人1台化の予算が下りるなど確信している人は誰もいなかったという。
――1人1台端末とともに、インターネット環境も整備していきましたね。
GIGAスクール構想を立ち上げる当時、われわれ文科省は学校につながる回線速度の100Mbps程度を「超高速インターネット」と本気で呼んでいました。
GIGAスクール構想のGIGAは、Global and Innovation Gateway for ALLの頭文字をとっているとしていますが、実はこれは後付けで、「インターネット回線をMbpsからGbpsへ」という狙いも当然ありました。メガからギガ、10Gbpsが1つの到達点と考えていました。
実際、1Gbpsから始めて10Gbpsに拡張できるインターネット回線を整備しようということとなりました。この点は残念ながらまだ課題があると思っています。
――1人1台の端末とインターネットは、学校にどのような良い変化をもたらしているのでしょうか?
多様な学びの進展、個別最適化への対応、学びの複線化などです(図1)。授業内のグループワークで全員の進捗をリアルタイムに把握するといったことも当たり前になりつつあります。
これが、全ての学校や授業で実現できているわけではないことは、皆さんご存知の通りです。しかし1人1台の端末環境がない時代は、これをめざすことすらできなかった。
その他にも外国籍の子どもとのコミュニケーション支援や、授業の配信、他校との連携など、こういった風景がそんなに珍しくはなくなっていることは明らかだと思います。
――整備には学校現場から懐疑的な意見もあったのではないですか?
国際比較データを見ると(図2)日本の子どもたちは電子デバイスをよく使っているが、遊びに使っている。チャット、1人用ゲームをする時間はOECD平均(注2)を大きく上回っています。
一方、学校外で宿題や課題のために関連資料を見つける作業はほとんどしていない。つまり遊びで使っているけれども、勉学のための利用はほぼゼロです。
つまり、子どもたちは電子デバイスに親しんでいるけれども、使い方が非常に偏っている。決して遊びが悪いと言っているわけではないです(笑)。
編集(注2)教育に関する国際比較データとして連載第3回で紹介した経済協力開発機構(OECD)が実施するPISA調査。義務教育修了段階(15歳)において、これまでに身に付けてきた知識や技能を、実生活のさまざまな場面で直面する課題にどの程度活用できるかを測る。
――学校でデジタルを活用した勉強の仕方を教えようということですね。
(端末を)学校に入れると、みんな遊ぶんじゃないかと言われました。しかしちょっと待ってほしいと。遊びにも使えるけれども、学習にもちゃんと使える。学習での利用はOECD平均をはるかに下回っている状況を踏まえ、学校でどのように勉学に使うのかをちゃんと学ばないといけないですよね。
「端末を勉強で活用する方法を学校で身につけよう」ということがGIGAスクール構想の1番の大義名分でした。これがスタートだったわけです。
現在は端末やICT機器をかなり使っていることも分かっています(図3)。9割の児童生徒が分からないことがあった時に端末で調べる。画像や動画、音声などを活用することで学習内容がよく分かる。友達と考えを共有したり比べたりするようになっています。
――本格的な事業化検討に進んだきっかけは何でしたか?
日本の学校は教師が支えてきたと思っています。そして日本の子どもたちが世界トップレベルにいるということは、先ほど紹介したPISA調査でもIEAのTIMMS調査(注3)でも結果が出ていましたので、われわれにも教師のレベルや指導方法、授業の環境に自負があったわけです。
しかし食わず嫌いは良くないということで、デジタル教科書や教材の活用状況を実地で拝見すると考えが大きく変わりました。うまく活用すれば子どもたちの理解は間違いなく進むと感じた。これなら予算をつけてでもやるべきだと思ったわけです。
それでも授業の後、3人の子どもたちに「紙の方がデジタルよりいいんじゃない?」って尋ねてみたんです。(心の中ではこれまでと同じように)紙の方がいいって言ってほしかったんです(笑)。
紙でなくてもいいと答えたのは2人でした。最後の1人は紙もあった方がいいと答えた。なぜなの? と聞くと「目が悪くなるような気がする(注4)」と。デジタルネイティブ世代の感覚を認めざるを得なかったわけですね、私自身も。
編集(注3)IEA(国際教育到達度評価学会)が進めているTIMSS(Trends in International Mathematics and Science Study)と呼ばれる算数・数学及び理科の到達度に関する国際的な調査。PISAと比較し数学分野の「学力」を測る調査として位置付けられる。
編集(注4)電子媒体であるか紙媒体であるかを問わず、長時間、近いところを見る作業には注意することが重要、との文科省の調査結果が出ている。
――GIGAスクール構想を立ち上げていくとき、文部科学省や政府はどのような雰囲気でしたか?
当時、GIGAスクール構想の検討は小規模に4〜5人で推進していました。省内ではまだ積極的に進めようという雰囲気ではありませんでしたが、与党や政府からのプレッシャーはものすごく高いものを感じていました。
予算面では消費税が上がる年だったので、消費増税の反動対策で、(政府は)補正を絶対やるだろうと見ていました。その次の年も東京オリンピックが終わる年だったので、反動対策の補正も絶対あるだろうと。つまり2年はかなりの大型補正があるのではないかと読み、当時審議官だった私は、局長と相談し「今年勝負しましょうか」と提言しました。
また、経済産業省も(デジタル教育産業の活性化の観点からも)一生懸命旗を振っておられて、さまざまな支援がかなりあったという背景はありましたね。
――GIGAスクールの成果や課題をもう少し深堀りしてお聞きしたいです。
GIGAスクール構想後の初めての国際比較、PISA調査2022(図4)では、3分野全て(注5)で世界トップレベルの結果となりました。2018年調査より2022年の方が良くなった。
2018年の結果からもう1つ課題が読み取れています。PISA調査は2015年からコンピューター(CBT)化(注6)されています。さらにいうと、2015年調査では従来通りの問題をCBT化していましたが、日本の成績が悪かった2018年は「情報活用能力」を測ることに重点を置いた問題がかなり出題され、調査が切り替わったのです。
それまでは本や新聞など、プロが校正校閲した文章しか出題されませんでした。ところが2018年の調査では、ブログや書評あるいはネットに出ている広告記事などが問題に出題され、情報の質や信ぴょう性を評価したうえで自分の意見を述べる力を測るようになり、日本の子どもたちはこういう問題は非常に弱いことが分かっています。
編集(注5) 読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野となる
編集(注6) Computer Based Testing の略 例えば日本でも2026年から司法試験での採用が予定されている
――OECDは調査を通じ次世代の国力を測ろうとしていますね。
フェイクニュースがありふれた社会で、子どもたちはどうやってそれを見破るのか? メディアリテラシーを身に付ける必要があり、少なくともその意識をもつことが生きていく上で必要になると考えています。この観点は従来型の知識技能を測るものではないのです。こういうところをしっかりフォローしないといけないという意識も、GIGAスクール構想のスタート地点であったわけです。
特に読解力の低下は、多くのメディアがとりあげました。「第2のPISAショックか」というふうに批判を受けたのですが、その批判の中身は私としては納得できないものが多かった。
当時、あるテレビニュースで「ゴンギツネ」の授業が取り上げられました。ゴンギツネは日本のある教科書で扱う物語で、日本の国語の先生が1番力を入れている得意な分野です。
――主人公の心情の移り変わりを読み取り考えるという。
小学校の先生たちは「ゴンギツネでどうやって子どもたちを泣かせるのか」というのがまさに腕の見せ所。素晴らしいことだと思いますし、それを決して否定するつもりはないです。しかし報道では、日本の国語教育はこういう風に立派にやっているが、なんでPISA調査がこんなに悪かったんでしょうねと取り上げられた。PISAが測ろうとしている能力を読み解かず、ずれた指摘になっていると感じました。
――日本人が常識として捉える読解力と、これから世界で求められる読解力がずれてきているというわけですね。デジタル活用はインターネットを通じてさまざまな情報と向き合い、世界とつながることでもありますよね。
PISA調査のなかで、数学の授業でデジタルリソースを使っているために気が散っているという比率が日本は圧倒的に低いという結果が出ています。私は、この結果は、授業で本格的にデジタルが活用されていないことの裏返しもあると捉えています。もっと活用できるように底上げしていかないといけない。物事は「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということもあると思いますが、足りないのも全然だめだと思っています。
――デジタルかアナログか、二項対立ではなくて、それぞれのいいところを使いましょうということですね。スウェーデンでは行き過ぎたデジタル活用で教育の質が下がっているということで、アナログに回帰するという政策が発表されました。
「デジタルのいいところをもっと使いましょう」というのが今の日本の状態だと思います。20年前からデジタル活用を進めているスウェーデンやフィンランド、エストニアと比較する以前の問題というのが、大変残念ながらこの数値にも表れているということですね。 ですから「使いすぎから生まれる弊害」という心配は早いです。もっといえばスウェーデンやフィンランドで使い過ぎの弊害が出ているということであれば、日本はそれを踏まえて対処していけばよいと考えています。
以上がインタビュー内容だ。次回、いよいよGIGAスクール構想立ち上げ時の実情、仕様策定時の真相に迫る。
著者情報:関口和一(せきぐち・わいち)
(株)MM総研代表取締役所長、国際大学GLOCOM客員教授
1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。1988年フルブライト研究員としてハーバード大学留学。1989年英文日経キャップ。1990年ワシントン支局特派員。産業部電機担当キャップを経て、1996年より編集委員を24年間務めた。2000年から15年間、論説委員として情報通信分野などの社説を執筆。日経主催の「世界デジタルサミット」「世界経営者会議」のコーディネーターを25年近く務めた。2019年株式会社MM総研の代表取締役所長に就任。2008年より国際大学GLOCOMの客員教授。この間、法政大学ビジネススクールで15年、東京大学大学院で4年、客員教授を務めた。NHK国際放送のコメンテーターやBSジャパン『NIKKEI×BS Live 7PM』のメインキャスターも兼務した。現在は一般社団法人JPCERT/CCの事業評価委員長、「CEATEC AWARD」の審査委員長、「技術経営イノベーション大賞」「テレワーク推進賞」「ジャパン・ツーリズム・アワード」の審査員などを務める。著書に『NTT 2030年世界戦略』『パソコン革命の旗手たち』『情報探索術』(以上日本経済新聞)、共著に『未来を創る情報通信政策』(NTT出版)、『日本の未来について話そう』(小学館)『新 入門・日本経済』(有斐閣)などがある。
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