DXの本質は技術導入にあらず インドネシア小売大手に学ぶ、顧客データの徹底活用:がっかりしないDX 小売業の新時代(2/2 ページ)
インドネシアの大手小売業アルファマートは、25年間で1万2000店舗から2万2000店舗へと拡大し、国内認知度98%を誇る。同社の戦略とビジネスモデルから、日本企業が学ぶべきこととは。
「データに基づく文化適応」が成功の鍵
アルファマートの多様性対応戦略は、アジア全体の小売展開において大いに参考となります。東南アジア諸国も同様に多民族・多言語社会です。
アルファマートが実践する「データに基づく文化適応」のアプローチは、これらのアジア市場での成功モデルとして機能します。
重要なのは、単純な翻訳ではなく、各地域の価値観、宗教的慣習、経済状況、消費行動パターンまでを包含した総合的な理解です。
例えば、同社はイスラム教徒向けには豚肉を含まない商品構成を、キリスト教徒の多い地域では異なる宗教的祝日に合わせたプロモーションを展開しています。ジャワ族の文化的嗜好と、パプア地方のメラネシア系住民の嗜好は全く異なるため、商品調達から店舗レイアウトまで、地域ごとに最適化されているのです。
講演で特に印象的だったのは、アルファマートが「継続的に学習し進化することの重要性」を組織の中核に据えている点です。
同社は顧客や市場の変化に対応するため、データ分析やAIなどの技術を活用しつつも、その背景にあるロジックや知識を理解し、社内に能力を蓄積することを重視しています。新しい地域に進出する際、同社は現地採用スタッフから地域の文化的特性を学び、それをデータと組み合わせて店舗運営に反映させています。
この「現場からの学習」と「データドリブンな意思決定」の融合こそが、アルファマートの持続的成長を支えていると感じました。
GLIの200〜300人のデータ専門チームも、単純に海外のベストプラクティスを導入するのではなく、インドネシア独自の生活者行動パターンを発見し、それに基づく独自の分析手法を開発しています。この内製化されたデータ能力が、外部ベンダーに依存することなく、迅速で柔軟な戦略変更を可能にしているのです。
日本の小売業界が学べること
重要なのは、アルファマートの戦術をそのまま模倣するのではなく、その背景にある「徹底的な顧客理解に基づく価値創造」という思想を、日本の文脈に適応させることです。データドリブンな意思決定プロセス、継続的学習による組織進化、そして地域密着型の価値提案――。
アルファマートの事例は、日本国内でどう生かすかはもちろん、収縮する日本市場からアジアに事業を広げる際に大いに参考になると考えます。
アルファマートの成長ストーリーが示すのは、DXの本質は技術導入ではなく、顧客理解の深化と顧客に対しての価値創造にあることです。同社が成長する過程で一貫して重視したのは、データを通じた顧客との関係構築でした。
日本の小売業界は成熟市場であり、規制環境も複雑ですが、品質への信頼と細やかなサービスにおいて比較優位を持っています。この強みを生かしながら、アルファマートのような顧客中心のデータ活用を組み合わせることで、アジアで成功する小売業を再構築することは可能だと考えます。
著者プロフィール:郡司昇(ぐんじ・のぼる)
20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。
現職は小売業のDXにおいての小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」顧客体験(CX)部会リーダーなどを兼務する。
公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇
公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質: 小売業5.0』
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